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映画評 哀れなるものたち🇬🇧

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

スコットランドの作家アラスター・グレイの同名小説を『ロブスター』『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督によって映画化。ベネチア国際映画祭で金獅子賞受賞、アカデミー賞で11部門ノミネートなど今年度賞レースを圧巻している注目の一作は、いい意味できつい内容であった。

不幸な若い女性ベラ(エマ・ストーン)は自ら命を絶つが、天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって、胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇る。「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、未知なる世界を知るため、大陸横断の冒険に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは、時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。

本作は新たな人生を送りつつ、世界を見る冒険に出たベラを通じて、様々なエゴイスティックに塗れた人たちを見る映画であった。まず、ベラを蘇らせたバクスター博士。実験を優先するがあまり、倫理観が欠如しているマッドサイエンティストだ。まだ生きていた胎児の脳を移植し、母体であったベラがどのように成長するかを観察しているため、結果的に胎児を殺している。倫理観がある人であれば、胎児を救い、成人するまで育てるはず。また、実験に悪影響という理由で、ベラを外へ一歩も出さず家の中で育てる行為は、監督過去作『籠の中の乙女』を放物とさせられる。

成長したベラと、世界中を旅して回る弁護士のヴェダバーン(マーク・ラファロ)は、ベラを所有物として見ている。事あるごとにヴェダバーンはベラと激しい性行為を営む。彼にとって、美人でありながら性欲を抑えきれていないベラは、やりたい時にやれるラブドールだ。また、食事や会話のマナーが悪いベラに対して「女性らしく振る舞え」と叱り、哲学に目覚め性行為よりも読書と議論を優先するようになったベラに対して、不機嫌な態度を取り「可愛らしい話し方はどこへ行った」と吐き捨てる始末。極め付けは、体を売ってお金を稼いだベラに「ビッチ」と暴言を浴びせたことから、”ステレオタイプの女性らしさ”を求める男尊女卑の思想を持ち合わせていることが窺える。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

彼女を取り巻く人たちはエゴに塗れた”哀れなるもの”だが、一番の哀れなるものは、間違いなくベラだ。一度死んだものの、体は大人頭脳は幼児で蘇った実験台だ。言動は同じ言葉を繰り返し発したり、皿を割って喜ぶなど大人の見た目ではかなり痛々しく、世話をしている召使いの表情がなんとも居た堪れなく映る。特に性欲には純情で、人目を気にせず自慰行為をしたり、本能のままにヴェダバーンと四六時中性行為を営む姿は、欲望を抑えきれない哀れな姿だ。

船内で哲学に目覚め、アレクサンドリアで貧困によって苦しむ孤児を目の当たりにし、世の中は混沌とし助けを求めている人がいることを知ったベラは、社会主義者の医者になろうと決意する。学問に目覚め世の中のために動こうとするのは理解できるが、社会主義を志すという、方向性を間違えてしまった意識高い系学生のようで滑稽だ。しかもヴェダバーンの財産を無断で貧しい子供達のために寄付をし、彼を破産させているのを見ると、正義を盾にした自分勝手な思想が垣間見える。「貴方ならお金がなくても何とかできると思っていた」と上から目線でベラがヴェダバーンに語ったことも「誰のせいだと思っているんだよ」と言いたくなるほど、自分勝手さが際立つ。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ラストシーンは、ベラの間違った方向性の意識高い系エゴイスティックな思想が全開となる。自身がされたことをとある人物を用いて、自身の都合の良いように所有物化させ、改造してしまう。しかも誇らしげにしているため、行ったことの危険性に気づいていないのが、恐ろしくも哀れだ。唯一まともであったマッキャンドレスがベラに賛同してしまう終わり方も何とも言い難い。

また『バービー』的フェミニストの過激な主張を揶揄するシーンとも見て取れよう。これまで男性がしてきたことを女性にしたところで、現状は変わらないことを表している。結局は男性も女性も一人の人間として、考えや行動は同じなのだ。むしろヤバいことをしてることに気づいてないベラは、性別以前の人権意識は希薄だ。表向きは女性の人権や解放を訴える話のように見えて、実は反フェミニズム、反活動的映画なのではないだろうか。

本作を観ていた間、ニーチェの言葉「エゴイストの判断には根拠がない」を思い出した。まさに本作に登場した人物らは、感情的で、信用するに足らない人々であった。

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