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映画評 笑いのカイブツ🇯🇵

(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会

「伝説のハガキ職人」として知られるツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』を原作とする本作は、笑いの実力と人間関係の間でもがき続けるストーリーに何度も胸が打たれる一方で、ツチヤ自身が抱える問題点が有耶無耶にされている残念点がある。

不器用で人間関係も不得意なツチヤタカユキは、テレビの大喜利番組にネタを投稿することを生きがいとし、6年が経ったころ「レジェンド」になる。実力が認められ、お笑い劇場の作家見習いになるが、笑いを追求するがあまり、周囲と馴染めず劇場を去る。笑いを諦めきれないツチヤは、ある芸人のラジオ番組にネタを投稿する「ハガキ職人」として注目を集めたことで、憧れの芸人から声を掛けられる。見習い放送作家として上京することになるのだが。

本作では一貫して、努力と狂気が混在している。1日2000個大喜利のボケを出すために、5秒に1個ボケを出すタイムアタックは、熱意というよりかはもはや狂気だ。しかも、ボケを捻り出すために、流血するまで壁に頭を打ちつけたり、アルバイトを放り出してノートに思いついたボケをメモをする様は、見ている方が引くほど。だが、ノートやお笑い雑誌で溢れ返っている部屋で、パンツ一丁姿で机に1人齧り付く様は、基本的な日常生活を捨て、丸一日笑いに対して努力していることが伺える。

大喜利でレジェンドになった後も、笑いに対する努力の姿勢は変わらない。お笑い劇場の作家見習いになるために、ネタを100本用意したり、人目を憚らず隅でネタを1人で書き続ける。ハガキ職人として生計を立てるために、常日頃ラジオ番組を聴き、傾向と対策を練る。上京した後でも依頼されたネタを数分で書き、その後も誰も寄せ付けず、黙々とネタを書き続ける。ツチヤの行動は逸脱しすぎているものもあるが、努力を決して怠らず人生を賭けてまで挑む姿勢は、物事に中途半端に取り組んできた人には反省、一所懸命取り組んできた人には感情移入ができるであろう。

ツチヤが抱える「人間関係不得意」の描写は、最も感情を揺さぶられることになる。アルバイトがコロコロ変わっている様から、組織やに馴染めず人間関係が不得意なツチヤの人間性と残酷な時流れが垣間見える。一般社会では馴染めないツチヤにとって、お笑い業界は自分が輝ける唯一の希望だ。しかし、作家見習いの同僚らと馴染めずに劇場から追い出され、ラジオ番組の演者やスタッフらに暴言を吐いてしまい、自身の行動を正当化するかのように泣き喚く姿に胸が痛くなる。四六時中笑いのことしか考えず、面白い事が正義で面白い人が上に上がっていくべきであると考えていたツチヤにとって、礼儀作法や世渡りが上手くなくてはならないお笑い業界の現実は、耐え難いものがある。

ツチヤが抱える人間関係不得意は、自分の意見が絶対であると思い込み、他人の視線や意見を聞き入れられない頑固さと、自分のことを認めてくれる都合の良い人としか関わろうとしない排他的な思想だ。可哀想な反面、彼自身にも問題がある。ラスト私小説『笑いのカイブツ』を執筆する所で終わるのだが、果たしてこれで良いのか疑問符がつく。友人に「頑張ってる」と慰められ、尊敬する芸人からの説得すらも聞き入れず恩を仇で返す始末。暴言を吐き迷惑をかけた人たちへの謝罪もしない。義務を果たさず権利を主張するだけの我儘かつ幼稚な人間性を浮き彫りにしただけだ。社会不適は免罪符では無いことを強く主張しておきたい。

笑いに対して努力を怠らない情熱や人間関係に悩む描写の連続に、何度も心を揺さぶられた。感動を覚えただけに、ツチヤ自身が抱える根本的な問題に目を背け続けたまま終わるラストには肩を落とす。

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