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出版編集の「売れる感覚が狂い始めている」問題

今宵、本の深みへ。編プロのケーハクです。

本が売れなくなってきた……!
もう何十年も言われてきたことです。

とはいえ、「正直、そこそこ売れてたし」などと、こっそり他人事っぽく思っていた編集者も少なからずいたと思います。
重版に恵まれた幸せな編集者たちが……。

実際、出版社所属の編集者の多くは、年間の新刊ノルマ●冊をリリースするわけで、一冊も当たらないということは、あまり見かけたことがありません。まあ、たしかにハズレも多いということで、担当本がヒットしてもあまり吹聴せず、皆さん謙遜しているだけかもしれません(笑)。

「なんだかんだ結構ヒットを出しているな〜」というのが、客観的な私の(勝手な)印象。

一昨年までは……。

これまでの「いい感じ」の展開

「テレビや新聞なんて、誰も見やしないよ〜」と、ネットの世界では声高々に叫ばれ続けていますが、広く訴える宣伝力はいまだ健在です。特に私が担当することが多い健康書や実用書、ビジネス書などは、メディアの影響が大きく反映されやすいジャンルといえます。

たとえば、新聞広告

たしかに、F1やM1といった若年層への訴求効果は厳しいかもしれませんが、本のジャンルやターゲットによっては、大きな動きを生み出すきっかけになります。出版の広告宣伝のメディアとしては、いまだ主力といえるのではないでしょうか。出稿する新聞社も同様に、ターゲットによって変えたりするそう。

また、テレビで紹介されたりすると、その本は「確変」に入ります。

が、テレビの場合はすでに売れている本が扱われることがほとんど。初速の助けというよりは、さらに大きく売り伸ばすための、二段階、三段階目のブーストという感じでしょうか。

ちなみに、紹介が決定したら見込みで即重版がかかるといわれているのが、「世界一●けたい授業」や「●スマ」といった人気番組。書店に特設の売り場ができたり、帯を差し替えたり、売れ行きの勢いはまさに確変となります。

このほか、広告費にお金をかけ、積極的に仕掛ける出版社の場合(ごく一部、ほぼない)は、電車広告とか、インセンティブを支払い書店で大展開とかも。

で、新聞広告やテレビでの露出があると、まず反応するのが、ネット書店
ランキングが、みるみるうちに上昇していきます。

その日のうちに、総合ランキングBEST100以内まで上がっていけば、十分すぎるほどの効果といえます(本によっては置いてくれる在庫に限りがあり、すぐに品切れになるという弱点もありますが……)。

ネット書店を動かす影響力といえば、SNSの力も大きいです。近年は、初速を出すには、著者の発信力が欠かせないということでインフルエンサー本の企画なども激増していますよね。

こういう感じで、メディアでのいい感じの展開があれば、もはや重版がかかるのは時間の問題で、「いつ連絡が来るかな〜」とワクワクしながら数日を過ごすわけです。

一昨年までは……。

ネット書店とリアル書店の感触が乖離

異変に気づいたのは、昨年あたりでしょうか……。

上記のような流れが来て、ネット書店も反応。
「よし、いい感じ!!!」と。

……あれ?

待てど暮らせど、重版の連絡は来ず。しかし、依然としてネット書店での反応は悪くなく、これくらいであれば、書店でも動いて、もうとっくに重版のはずなのですが……。

そこで、リアル書店の売れ行きデータを確認。

……ふつう。なにごともなかったかのように、静か。
これでは、短期間での重版は無理としか言いようがありません。

おかしいな……。

同じようなことが、何回か続き、いよいよ自分の企画力に不安が。
「なぜリアル書店が動かぬ?」

ということで、いろいろな版元の編集者に聞いたところ、「厳しいですね……」
なるほど、どうやら自分だけに起こっている現象ではないらしい。

ネット書店とリアル書店の売れ方に乖離の兆候がある、と考えました。

一方で、通常なら展開的に10万部超えのベストセラーに見える本も実際に数字を見ると、5万部を超えていなかったり、年間ベストセラーの部数もミリオンに程遠かったり、いろいろな異変が起きているように感じました。

コロナ禍でライフスタイルが変わった?

「巣ごもり」によって、気づかないうちに、生活がかなり変化したのではないでしょうか。仕事も余暇も自宅で過ごすことが前提となり、それぞれの人がそれに合わせたライフスタイルを確立させた気がします。

例えば、通勤に関わる習慣。読書時間にあてていた人、帰り道に月に数回は書店に寄り道していた人、結構いなくなってしまったのではないでしょうか?

個人単位では、些細な変化かもしれませんが、こうした微妙な変化の影響がすごく大きいのかもしれません。

リモートワークに対応すべく、自宅のネット環境が整うとともに、動画配信のサブスクサービスに加入する人が増えたり、YouTubeやTikTokを観るのが習慣化したり、電子コミックの利用者が増えたり、いわゆる可処分時間の使い方の選択肢の幅が広がったのも事実だと思います。

巣ごもり需要で一時は盛り上がった出版界ですが、ライフスタイルが変化した影響がじわりと効いてきて、一転してピンチに追い込まれた感じです。

30〜40代の読者層が減った!?

健康やダイエットなどの本にとって、欠かせない読者層がいわゆるF2層といわれる30〜40代の女性です。この世代は、男性も含め実用書、ビジネス書の売れ行きを支える上客といえます。

これらの層をターゲットにした企画は、実用書では(出版全体を考えても)メインのひとつと考えてよいと思います。

これらの本が、シャレにならないほど動かなくなりました(涙)。

30〜40代が消えた!? と思うほど。この原因としては、やはりすでに述べたようなライフスタイルの変化の影響だと、個人的には考えています。

  • 書店に足を運ばなくなった。

  • 読書に代わる楽しい余暇の習慣ができた。

  • あらゆることがスマホで事足りるようになった。

このコロナ禍で一番ライフスタイルが変わった層は、もしかしたら30〜40代なのかもしれません。

変わってしまったものは仕方がない

現在、30〜40代が抜けた穴を埋めているのは、シニア層です。

最近のベストセラーは、シニアに向けた企画が目立つようになりました。これまでは、「目が見えづらいゆえに読書から離れる」と考えられていた70代以上の層をターゲットにしたベストセラー企画が激増。

安定して売れる確率が高いことから、自然とターゲット年齢を引き上げる傾向になったのだと思います。

一方で、若者は本を読んでいる、というデータもありますが、それは小説などの文芸ジャンルに限ったことで、彼らが実用書や健康書を書店で購入して読むなんてイメージは、どうしても湧きません。

ハウツー的なジャンルに関して「紙の本を購入して読む」という行動は、もはや現在のライフスタイルからはかけ離れてしまったような気がします。

実際、実用的な悩みごと、困りごとなどがあれば、真っ先に手にするのはスマホのはず。生活に寄り添うはずの実用・健康ジャンルの情報を、生活とかけ離れたメディアで伝えようとしているというミスマッチは、皮肉というしかありません。

より便利に、より楽しく変化した、現代人のライフスタイルを、元に戻そうとするのは現実的ではないですよね。変わってしまったものは仕方がありません。

新しいなにかを開発するときが来たのかも?

というわけで、私の個人的な不安を並べ立てましたが、紙の本には、それなりに利点(情報量、信頼性、電源不要、操作性、触感etc.)があると思います。ただ、それがメディアとして、ライフスタイルにマッチしていないだけ。

電子書籍もすでにありますが、あれは紙の本のレイアウトを移植しているだけの考え方なので、電子と紙の強みを活かしているとはいえない未完成メディアだと思います。

具体的にどんなものが次世代メディアとして適しているのか? 現状の動画メディアも検索性に問題があったり、それぞれにメリット・デメリットがあったりするので、それらを総合的に見直した、実用・健康書に代わる新しい「なにか」を考えるときが来たのではないかと。

まだ全然思いつかないのですが、出版界の仲間たち皆で探っていく段階に来たのかな〜と思うわけです。イチ編プロ編集者に過ぎない私の分際で(笑)。

シュッパン前夜の活動も、元々はそうした危機感から有志を募って始めたという経緯もありますが、果たしてどうするのがベストなのか、試行錯誤はしばらく続く感じです。

なにかいいアイデアがありましたら、ぜひ教えてください。


文/編プロのケーハク

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