見出し画像

「タイパの時代」の本づくりは、高難度のつくり込みが必要になっていく!?

今宵、本の深みへ。編プロのケーハクです。

“タイパ”とは、“タイムパフォーマンス”のことらしいです。

最近、よく聞きませんか?
「映画を2倍速で観る」とか、「音楽はサビから始まらないとヒットしない」とか。

全般的に人々の情報処理がめっちゃ速い!?


SNS、動画配信、音楽配信、ゲーム、その他の趣味etc.
ここ数年で気付かぬうちに個人で楽しめる多様なコンテンツが激増していたわけです。

つまり、やることがたくさん! 仕事だけでなく、自由に使える可処分時間も熾烈なタイムマネジメントにさらされる時代になったと……。しかも、その多くはスマホという端末に集約されているという驚くべき便利さ!

例えば、映画。雰囲気や心情を演出するセリフとセリフの間にためをつくる「間(沈黙)」なんてものは「まどろっこしい!=不要!=早送り!」となるそうです。

今の時代に小津安二郎監督が存在したとしたら、笠智衆と原節子に超ハイテンポの会話劇を要求することになったかもしれません。ゴダールが死を選ぶのもわかる気がします(合掌)。

そして、その背景にあるのは、サブスク。○○放題の定額サービスの台頭にあるそうです。

たしかにサブスクの場合、ひとつのコンテンツごとにお金を払うわけではありません。ひと昔前はお金を払ったぶん、「元を取らねば」という意識が働き、多少つまらなくても最後までこらえる我慢強さがあった気がします。

でも、今は定額なので、ひとつの作品に対しては無料感覚。少しでもつまらないと感じれば「中断&即終了」です。

そして、この「面白い or つまらない」の判断が速い! 

今はYouTubeの動画ですら長いと感じるそうで、TikTokのショート動画版を作って流入させるのが普通だとか。

10代の若者たちがTikTokを視聴する様子を観察していると、そのさまはもはや速読です。動画とコメント欄を瞬時にチェックし、次の動画へ。この間2〜3秒ではないでしょうか?

お笑い芸人・さらば青春の光の作品で、「自分の作品を速読される小説家」というコントがありましたが、まさにそんな感じ(笑)。

苦労して制作したものも、ほんの数秒で良し悪しの判断が下される……なんと残酷で非情な世界なのでしょう。

パッと見の印象で面白さが伝わること。これからのコンテンツ制作は、今後主流になるであろう、このタイパ重視世代を意識せざるを得ないわけです。

で、本をつくって売りたいのですが……


勝てる気がしねぇ〜!!!!
スマホが強すぎる! 楽しすぎる!

なので、戦うよりは共存の道を選ぶほうが良さそうです。

では、そんな時代に、どんな本をつくっていけば良いのでしょうか?

私個人としては、大きくふたつの方向性で二極化していくのではないかと考えています。

ひとつ目は、「パッと見がおもしろ本」です。

本の優れた面は、信頼できる情報がひとつのテーマで編集・集約されていることにあります。しかし、タイパの面から言えば、読書にかかる時間が長いほど、まどろっこしく感じるデメリットも。

そこで、タイパ重視世代の判断基準に寄せていき、「パッと見」の印象を優先させつつ、信頼性の高い情報の量や深度を同時にフォローするというアプローチです。

具体的にいうと、ビジュアル表現とキャッチで感覚的に読ませる本。ゆるそうに見えますが、解説する内容は広めに設定され、短時間で多くの情報を拾える利便性の高いつくりになっています。

新星出版社で企画制作した『サクッとわかるビジネス教養』シリーズや、池田書店で担当した『新しい教科書』シリーズなどは、そういう感覚的な面白さと、豊富な情報量を意識して制作した本です。

ビジュアル豊富で楽しげに見えますが、つくるのはかなり大変です。各ページの表現に工夫が必要で、どこから切り取っても「面白そう!」に見えるよう、手間ひまかけてかなりつくり込んでいます。

これで売れなかったりすると、制作側は絶望的な気持ちになるのが特徴です(笑)。

ふたつ目は、「タイパ重視世代を完全に無視した本」です。

読書人口が減少したとはいえ、ビジネスにならないほど減少したわけではありません。こうしたリテラシーの高い読者層に向け、狭小テーマを徹底的に掘り下げ、確実に評価を得られるようなつくりを目指します。

「コレ、やばくね(笑)」と、笑ってしまうほどつくり込み、本そのものの物体としての価値を高めること。

時短とか効率性とか、タイパ的な傾向には迎合せず、純粋に「手元に置いておきたい、何度でも読み返したい」と思われるための工夫がなされた本が理想です。

全体のパイは減りますが、価値の高い本をつくり込めば、多少高額に設定してバランスをとっても付いてきてくれる読者はいるはずです。

私がつくるものはどうしても初心者向けが多いので、このような本の実例は少ないのですが、企画制作した中では、小学館の「世界一細かすぎる筋トレ図鑑」が近いかもしれません。突き抜けすぎて笑ってしまうほどひとつのテーマを掘り下げた本です。

本づくりは、こんな方向性で二極化されていくと思います(その中間は支持されず淘汰されていくか、まったく新しい発想のメディアとして生まれ変わる可能性も)。

どちらの方向性の本にしろ、つくるのが大変です。

さて、ここまででおわかりいただけましたでしょうか?

これからの時代、全身全霊でつくり込んだ本しか人々に受け入れられないということを。一番ダメなのは、タイパ重視世代にも本好きにもそっぽをむかれる、中途半端な本です。

無料の情報が溢れているのに、わざわざ本を買う必要があるの? という問いかけに「胸を張って答えられる」本でなければいけません。

正直、危機感がハンパないのです。

本が売れない理由を時代のせいにしていたら、本当にそうなってしまうのではないかと……。

人々の感覚が変化していく中で、あらゆるニーズに対し、我々は本というメディアで応え続けることができるのだろうか?

だから、一人ひとりの編集者は、工夫しなければいけません。知恵を絞らなければなりません。同じことばかり繰り返していてはいけません。

一生を変える運命の本との出会いを待つ、未来の読者のために。出版界の端くれは、今日も全力で本をつくり続ける次第です。

今回は、時代の変化に危機感を抱く、自分に対する戒めでした(笑)。

文/編プロのケーハク

本づくりの舞台裏、コチラでも発信しています!​
Twitterシュッパン前夜
Youtubeシュッパン前夜ch



この記事が参加している募集

#ライターの仕事

7,377件

#仕事について話そう

110,122件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?