大学でサッカーをする意味
昨日のplayer! talk を観ていて考えさせられた事があります。
大学サッカーをする意味ってなんですか?
という質問が来ていました。
MGと選手は
答えられない、見つけて行けたら良い
と回答していました。
すこし自分なりに考えました。
なんで今"大学"サッカーをしているのか。
player talk の中で山岡が言っていました。
Q:学生スタッフで4年間過ごして社会に出たとき
に役立つことは何か?
山岡:将来に役立てようと思って大学サッカーに携
わっているわけではないので、あまり考えた
事がない
すごく良いこと言ってくれたなぁと思いました。
学生スタッフでもそんな考えなんて流石だなと思いましたね。
就職に有利そう、Jリーグで働きたい
そんな理由じゃなく純粋にサッカーに携わりたいから関東学連をやっている
僕はそういう考え好きです。前者を否定しているわけではないですが。
「大学サッカーをやる意味」
ここで、"大学"サッカーと限定されると非常に答えを出すのが難しくなります。
「サッカーをやる意味」
これなら多くの人が
好きだから、上手くなりたいから
こういう答えを持つでしょう。僕もそうです。
大学サッカーの価値を見出す為にピッチ内外さまざまな取り組みがされています。
ピッチ内のレベルでさえも近年、大学チームがJクラブを倒す事は珍しくありません。
しかし私達が"大学サッカー"をしている理由とはなんなのでしょう。プロのオファーを断り大学サッカーに足を踏み入れる理由はなんなのでしょう。
「自分の成長の為」
よくこういう人がいます。
「大学サッカーにしかないものがある」
こう言う人も多くいます。
どちらも素晴らしい考え方です。
しかし、だから大学サッカーをしているのかと言われると僕の中ではすこし違うような気がします。
プロサッカー選手でも成長出来ますし、成長度合いはもっと大きいかもしれません、
大学サッカーだけでなく、プロサッカーにしか、社会人サッカーにしかないものだって絶対にあります。
"大学サッカー"をやっている意味を考えれば考えるほど、
私はサッカーそのものではなくその経験が将来にどう生きるかを考えてしまいそうです。
僕はサッカーに関してそう思いたくはないです。
純粋に、
"試合に出たい" "試合に勝ちたい"
"今日もキツかったけど上手くなった"
"明日の練習が楽しみ"
そういう気持ちを大事にしてサッカーをしたいなと思っています。
だからこそ
大学でサッカーをする意味はありますか?
と聞かれると僕も困ってしまいます。
正直大学じゃなくても良い環境はあるかもしれないからです。
僕は教員免許をを取得したいという理由と
サッカーが上手くなりたいという気持ちが
結びつき、東京学芸大学をたまたま受験し入部できました。
僕はその"大学サッカー"というたまたました選択により運良く素晴らしい出会いもサッカーがくれました。
この出会いは"大学"でサッカーをしていなければなかったかもしれないです。
早稲田大学の選手達が、
#大学サッカーの良いところ
と題してリレー方式で発信しているのを見ました。
面識はないけれど、この選手の発信はなるほどなぁと思わせてくれるものがありました。
大学サッカーは第1種と呼ばれる年代の中でおそらく1番チーム内の人数が多いです。(もちろん例外もあります)
それだけ多くの考え方を吸収する事ができ、多くの出会いのチャンスがあるという事は、"大学サッカー"ならではなのかなと思いました。
最高学年になり話し合いの場が増える事で22人いれば22個以上の考え方があるのだなとも再確認させられたところです。
また共に生活する仲間を代表してピッチに立つという感覚を味わえるラストチャンスでもあります。
プロを経験したサッカー仲間が言っていました。
お金が絡むとサッカーの考え方がまた変わってくるところがある。この試合で活躍できなきゃ明日の飯がないとか、あいつを蹴落とさないと来年プレーする場所がないかもしれないとか、そういう思いも持ちながらサッカーをしなければいけない
そのような考えがなく、言ってしまえば4年契約的な立場で4年間サッカーができるという事は他にない特徴であり、良いところかもしれませんね。
このように大学サッカーの良いところは他にもたくさん見つかります。
しかし
大学サッカーの良いところ・特徴
=
大学サッカーをする意味
というようにはならない気がするんです。
別に大学サッカーをやっている時期に、
好きだから今やっていることに意味付けする事は不要なのではないかと思ってしまうんです。
僕らが高校サッカーで学んだ事があるように、
今となっては〜が活きてるなぁ
そんな事で良いのではないかなと思うんです。
将来に活かす為に広報活動をしていたり、自分の進路のために試合でアピールしようとか。
結果的にそうなれば良いですが、
ピッチ外の活動も東京学芸大学を応援して欲しくて、注目して欲しくて僕はやっています。
振り返ってみると教員になった時にと活きそうなスキルだっていくつか身につきましたが、それが欲しくて広報活動をしているわけではないです。より多くの人に知ってもらって応援して欲しいんです。
最近はトレーニングでもストレッチでも
意味を持ってやる事が大切だと自分では思っています。
しかしそれは自分の中で必要か不要か十分かの判断が先に来て、筋トレをせずにパフォーマンスが上がればやらないですし、ストレッチがパフォーマンス向上に意味ないならやらないです。
それ自体がめっちゃ好きなわけではないですから。(筋トレはすこし好きかもしれないです。しかし何もしなくてもロナウドみたいな美しい身体が手に入れられたら筋トレもしないかもです)
サッカーはこれとは僕の中では違います。
必要か不要かではなく、好きだからやっているんです。サッカーがないとダメかどうかではなく、サッカーがしたいからやっているんです。
過去に書いたような贅沢品っていうやつですね。
その贅沢品に対して意味付けは果たして必要なのかっていうのが僕の考え方です。
お酒を飲むことに意味があるか?
美味しいものを食べることに意味があるか?
そういう問いと同じ気がするんですよね。
だからこそ僕は大学でサッカーをする意味は深く考えなくても良いのかなと書きながら思いました。それと同時にいくら考えても答えが出なさそうだなとも思いました。(今やっている事をなぜやっているかを考える事はとても良い時間になるので皆さんも一度くらいは考えてみると良いと思います。)
過去の自分の部員ブログを読み返すと今回書いたような事と違う事を書いているようですが、それはその時に思った事です。考えが変わる事は良い事だと思ってます。それがアップデートになっていればもっと良いですね。
もしこれを読んでくださっている大学サッカー選手で、"大学でサッカーをする意味"について何か自分なりの考えがあればツイートでもブログでもnoteでも発信してくれると僕はとても嬉しいです。皆さんの考えを読みたいです。僕だけじゃなくて読みたい人は沢山いると思います。
僕は答えを見つける事が出来ませんでした。
こういうのって本当に正解がなく他の人に押し付けられるような価値観でもないなとも再確認しました。始動前に散々話し合った
"サッカーマインド"と似ていますね。
人の数だけ意見があるような考えだと思います。
就活でも聞かれると思います。
"体育会で競技をやっていて得たものはなんですか?"
そんな事今所属している人に聞くなよって思っちゃいますよね。引退間際の残り2週間でようやく気がつくかもしれませんし。こう思って面接を受けていた僕は偽った自分の意見を言うことに嫌気がさし就活をやめてしまいました。ですのでここはあまり参考にはしないでください。
リーグ戦再開の目処が立ち、サッカーがある日常も戻ってくる日が来るのかもしれません。
大学サッカーラストシーズンもなかなか短くなってしまいましたが、残りの期間も好きなサッカーに対して全力で向き合っていければと思います。
好きなことに全力で向き合っていれば、
10年後、20年後に
東京学芸大学でサッカーをしていてよかったな
大学サッカーをしていたから今があるな
と思っている日が来るのかもしれないですね。
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