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結城座の変身

そもそも結城座とは、カフカの「変身」とは、なんぞや。ざっくりとした概要から。

江戸糸あやつり人形「結城座」

結城座は、創立寛永十二年。
紆余曲折ありながら、継承され、現代に至るまで生き残っている江戸糸あやつり人形座。

フランツ・カフカ「変身」

グレゴール・ザムザという営業マンの青年が、ある朝起きたら身も毛もよだつ大きな虫になっていた話。

スタッフ

参加スタッフ

糸あやつり人形と言えば

「サンダーバード」を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
わたしは昨日初めて結城座の糸あやつり人形を見たとき、脳裏に「サンダーバード」が出てきた。バージルやスコット、兄弟たちが世界各地の人々を救うため活躍する、あのワクワク感を思い出した。

人形の遣い方

率直に言って面白かった。
遣い方が、1体の人形を三人で遣う文楽とは全く異なる。1体の人形を一人で遣い、基本的に差し金は使わない。十字に組まれた細い板木に、人形の手足から伸びる無数の糸がくくられている。それを、人形遣いが力加減を調節しながら引っ張る。言うは易し、行うは難し。想像していた以上に繊細で、操作は根気がいる。どなたでも、ご覧になれば分かる。わたしは終始驚きを隠せず、目を見開いていた。

舞台でしゃべる人形遣い!?

基本的に人形遣いは表舞台で話さない。
文楽の場合、三味線弾きと太夫が地の文も台詞も担う(義太夫節)。人形遣いは影の存在であって、そのために黒衣姿で舞台にいる。
だから、「変身」開演直後おもむろに人形遣いが台詞を言い出した時は、内心大騒ぎしていた。
心の声「へ?お?え?しゃべる!?しゃべるぞ!!人形遣いが堂々としゃべってるぞ!!全員しゃべってる!!!!!」
始めは驚いたものの、人形遣いが台詞を言うのが意外にも違和感なく受け入れられた。

補足だが、結城座の人形遣いが自ら台詞を言うようになったのは、明治期。九代目結城孫三郎が「歌舞伎改良糸あやつり」を始めた。人形遣い自らが台詞を言う、大胆な表現法を取った。それが、現在に至るまで続いている。文明開化の頃は、歌舞伎だろうが何だろうが本当に色んな試みが行われている。

なぜ、違和感がないのか。

聴いていて思った。俳優と変わらない力強い発声。人形を遣いながら、台詞も言う。とんでもなく凄いことをしている。驚愕した。
とくに、両川船遊さんと結城育子さんに、深く感銘を受けた。気配の出し入れが見事だった。演出上、人形の影になる場合と、観客に悟らせずに突如人間として前へ出ていかなければならない場合がある。そんな使い分けは他に類を見ない。非常に困難な試みに挑んでいる。
これが結城座の挑戦だった。
探求の機会から生まれた新しい可能性。挑みつづける限り、そこには無限の可能性が拓ける。試行錯誤しながら、探求し続けること。その先に、必ず光はある。検討を繰り返しながら、少しでも前へ進みつづけることがいかに重要かを、改めて思い知らされた。

脚本と演出の感想

事前に原作に目を通しておいたので、原作との違いを、大体は把握しながら観た。
上演時間、約1時半。そこへカフカの三部構成の小説「変身」を収める。当然、上手くカットと多少の改変をしなければ、実現は不可能。おまけに糸あやつり人形でやる。様々な制限があるなかで、見事に収めていると思った。原作読んでいたときに感じた、第2章のダレる箇所を、この舞台では感じなかった。割愛しつつ、上手くまとめてあって、全体的にテンポよく展開し、観客が話を掴みやすいように脚色されていた。
また、小説では地の文になる箇所を、舞台化する際にはセリフにしなければ伝わらないところが出てくる。映画もそうだが、やたらとナレーションを入れて説明してしまうのは御法度である。ナレーションでなくても、説明的なセリフを登場人物にしゃべらせると、演劇の面白味を失う。
この舞台では、そうなってしまわないように、状況説明が行われ、それぞれの意思と性根が、科白のなかで見えてくるように構成されていた。非常に分かりやすくカフカの「変身」の魅力を伝えていた。

印象的な人形の造形と衣装

人形の衣装と造形で、総合的に一番完成度が高い思ったのはグレゴールの父。
原作を読んだ際にも印象に残っている。第3章で警備員の仕事をするようになってから「父は自宅でも制服を脱がなかった。ずっと着ているせいで、制服はくたびれ、色褪せていった。しかし、金のボタンだけは異様に光っているのだった」原文のままではないが、そのように語られていた。父の胸で勲章のように輝くボタン。象徴的な金色のボタンは、きちんと具現化されていた。
舞台上から降ろされ、舞台下の隅にその父の人形が吊るされた状態で置かれている。どの人形もそうやって四隅に吊るされている。しかし、その人形だけが、妙に目に焼きついて残っている。
警備員の制服を着た父の人形だけが、人形遣いの手を離れても、ゆらゆらと、大きく揺れつづけていた。そして、青い制服の上に並ぶボタンが、振り子時計のように、いつまでも揺らめいていた。

グレゴールは何になったのか。

変身したグレゴールは原文で「Ungeziefer」
これは、虫だと限定された言葉ではなく、鳥や獣も含まれ、害を成す生き物という意味らしい。要するに、化け物だろうか。
原作を読んで、わたしが想像したのは、超巨大ゴキブリだった。小説の描写では、頭の可動域が少ない感じで、ひっくり返ってしまうと起き上がれない、無数の細い足があり、壁や天井を歩く。そうなると、どうしても、アイツをイメージする。体の薄っぺらい甲虫を思い浮かべる。ある朝起きたとき自分がゴキブリになっていたら最悪である。そんなの誰もが、身も毛もよだつ。
カフカ自身が「虫の姿を絵に描かないでくれ」と言っていたのは、あえて、どういう化け物になったのか具体的な挿絵を描かないことで、人間それぞれが抱く、恐怖と怪物のイメージが無限に広がってゆくことを期待したのかもしれない。巨大な害虫の姿を、明確にせず、意図して、あえてぼかしておいたからこそ「変身」は時代を超えて人々に語り継がれる名著となった。
この公演での化け物グレゴールの人形は2体いた。見た目はそれほど変わらないように見える。しかし、よく見ると、痩せ細った足、髪の色、背中に食い込んだ腐ったリンゴなど、違いがある。ちょっとハエ男的な頭部の造形が、個人的には原作の雰囲気と結びつきづらいような気がしたが、見映えがする、華やかな化け物だ。おどろおどろしさは満載で、主役の人形に相応しい造形だった。

様々な人形遣いの姿

座員の人形遣いさんが、人形を遣う姿は、やはり人それぞれの個性を感じる。興味深くて見飽きない。
わたしが座っていた位置的には、部長を遣っていた小貫泰明さんの手元と体の動きがよく見えた。小貫さんは、糸あやつり人形の表現の、ギリギリ限界点を攻める遣い方をしていた。クセがある遣い方ではあるけれど、熟考し、糸の引き方を研究していなければ、部長が舞台へ這い上がる時の、ぬるぬるっとしたナメクジのような動きはできない。際立っていた。素人目にも、糸あやつり人形ならではのグロテスクさを感じて、ゾゾッとした。人間の泥くさいにおいが人形のなかから垣間見える瞬間が、凄いと思った。グレゴールの会社の上司で、がめつい感じのする、嫌味でやらしい人物である。その性根が、科白と的を得た所作で表現されていた。
両川船遊さんが遣うグレゴールの父は、もうそのものだと思うほどの完成度の高さだった。声も、渋くて格好いい、座員のなかでNo.1の聞き惚れる、いい声をしている。父親の役はハマり役だった。第1章~2章にかけての、どこか頼りない父親の姿から、第3章での警備員の仕事をするようになってからの一変した姿。演じ分けが自然で、さらには人間としても、愛嬌たっぷりな姿を見せてくれる。チャーミングで本当に素敵だ。
結城育子さんの遣う母親がまたハマり役だった。愛情深く、繊細な面がある、か弱い母。それが、深みのある声と、品のある佇まいから、表現されていた。また、人形遣いとして気配を絶つ時と、現れる時とのメリハリがしっかりしていてプロフェッショナルだった。
十三代目結城孫三郎さんは、主人公のグレゴールを遣っている。人形を遣いながら、腹話術師のような雰囲気で、台詞を言う。個人的には、遣い方と雰囲気を見ながら、文楽の某人形遣いをなぜか思い出した。初代の吉田玉男師匠の、足遣いを務めていたあの方である。ちょっと体格と雰囲気が似ている。性格は兎も角、役の解釈の仕方が近いのかもしれない。直感的に似ていると感じた。しかし、その人とは異なる魅力が孫三郎さんにはある。非常に多種多様な人形の遣い方をするため、芸風が掴みづらい。ただ、ケレン味あふれるグレゴールの人形のなかにある哀しさと、それを見下ろす眼差しの強さを見たときに、この人形遣いが、見所がケレンではない演目、例えば人情話などでは、どういう遣い方をするだろうかと興味をそそられた。また別の芝居でも改めて観てみたい芸だと思った。
他の方々も、それぞれ人形と真剣に向き合う姿が、とても美しかった。

下北沢ザ・スズナリ

ザ・スズナリの外観

商店街をうろうろ彷徨っていたせいで、Google Mapに翻弄され、たどり着くのに苦戦してしまった。そのわりには、開場時間を勘違いして早く到着したので、近くにあった面白い古本屋に出会えた。

古書ビビビ

雑多な品揃えだが、どの本も、わたしに刺さる。ビビビッと来た。今回は「踊るマハラジャ」を買った。映画や戯曲の本、オカルト系もあった。また、行こうと思う。

会場までの地図

ザ・スズナリまでのルート

チケットを買って郵送で届いたときに、ちゃんと地図が同封されていた。
分かりやすい地図が!
なんで、わたしはGoogle Mapなんかを開いたのだろう。間違って全然知らないボクシングジム前にたどり着いてしまった。強面のお兄さん方が、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。場違いすぎて、すぐに立ち去った。わざわざGoogle Mapを開かなくていい。この地図が一番分かりやすい。

公演は6月2日(日)まで。

ご興味ある方、お近くの方はタイミングが合いましたら、行ってみてください。
結城座が挑んだカフカ「変身」ザムザ・グレゴールの身に起きたことが、一体何だったのか。ザムザ家の人々と共に、お確かめください。

忘れちゃいけない「くぐつ草」

COFFEE HALL「くぐつ草」

結城座の座員も働いているくぐつ草
行ったことあるのですが、控え目に言って最高の空間。入り口も素敵で、内装もひっそりとした洞窟ユートピア。
珈琲はもちろん、食べ物もおいしい。
土日は混んでますが、平日は時間帯によってはゆっくりひとりでくつろげると思います。
くぐつ草、個人的にとても好きです。

感謝

拙文を最後まで読んでいただき、ありがとうごさいます。とても励みになります。
また次回お会いできるその日まで、しばしのお別れ。

さよなら!さよなら!さよなら!

カンブリア大爆発  拝

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