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学食で倹約!に頭をひねっていた頃

大学を舞台とし、カンニングをテーマとした拙作「東京都ひがしきょうと大学の人びと」が出版された時、主人公(木村見次)が卒論研究を行う大学の教授や学科教職員キャラに対して、「モデルはあの人だ的噂」が母校で流れ、私の恩師はたいへん不快な思いをしたようです。

小説は言うまでもなくフィクションで、例えば1人称主人公がスリを働いていたとしても、もちろん作者が常習犯というわけではありません。

とはいえ、創作の中にも、霜降り牛肉のように実体験は散りばめられている。

例えば、こんなシーン:

 いつものように遅れて学生食堂に行った見次は、ショーケースの中に売れ残りのメニューをさがした。刺身定食とトンカツ定食に赤札がかかっていた。刺身はうまそうだったが、時節柄危ないので諦め、ガラス戸を開けてトンカツ皿を取り出した。周りの学生が、なんだなんだこいつは、という目で見ている。
 食券売り場へ行き、おばちゃん、トンカツ定食の見本もらうよ、と一応断ると、
「あいよ、でも、食あたりになっても知らんよ」
 と答える。
 ──<中略>──
 ライスだけを注文してテーブルにつく。トンカツはすっかり冷えて固くなっているが、只ほど安いものはない。

「東京都大学の人びと」より

学生時代のある時期、私は「倹約」を心がけていた。
① 小説集の自費出版と、
② 海外旅行のために、
金を貯めようとしていたのである。
ならば夜、下宿で酒を呑むのもやめればいいのだが、そこはアンタッチャブルで、他の「倹約」ネタを探していた。

昼メシはほぼキャンパスの学食で食べていたが、ショーケースの「見本」が、ラーメンやチャーハンなどの「定番」を除き、《実物》が並んでいることに着目した。

そこで、引用したような「誰にも迷惑をかけない」食費低減作戦を始めた。けれど、卓越したアイディアは、必ず真似る連中が現れる。

新参ライバルとの競合で時折の「空振り」を経験した後、食堂のおばちゃんもその上司から警告を受けたのだろう、「売り切れ」の赤紙と共にサンプルも下げられ、次のような警告文が掲げられることになった:

食中毒防止のため、見本品の提供はお断りします。

生協食堂の警告文

やれやれ……。
(いや、食堂側が……やれやれ……かな?)

このような経緯をたどった後、私と生協食堂はしばらく、平和裏に共存していた。

再度の対戦マッチは、食堂が(おそらく、妙に張り切った管理職が就任したのだろう)客の意見を聴くべく「目安箱」のようなシステムを始めた時だった。
壁に貼られたポスターに、学生や教職員に安価で栄養豊富な美味しい料理を出すべく日夜努力している ── 旨が長々と記述された後、食事の感想や要望があれば用紙に書いて箱に入れて欲しい、とあった。

私はさっそく、以前から温めていたアイディアを提案した(価格は、よく憶えていないので、当時の相場を思い出しつつ、適当に書いています)。

《新メニューの提案》
この食堂で一番安い定食は、魚フライなどのおかずにご飯・味噌汁が付いた日替わり定食で、値段は150円です。しかし、その金額の出費すら厳しい学生もいます。
そこで、
「ネコまんま定食(1食100円以下)」
を提案します。
これは、前日の味噌汁の残りに、やはり前日売れ残ったおかずを入れて再加熱し、前日の残った冷や飯にぶっかけたもので、見た目は悪いが栄養は豊富、食堂側も残飯の量が減っていいことずくめです。
ぜひともこのメニューの採用をお願いします。

ざっくり、こんな提案をした……

(……さて、何て言ってくるだろうか)
しばらくは愉しみで愉しみで仕方がなく、食堂の掲示板を丹念に見ていたが、まったく反応はなかった。
それどころか、(私以外に目安箱に感想や提案をした学生がいたとしたら、であるが)そのほかのレスポンスらしきものもなく、
・新メニューのお知らせ
のような一方的コミュニケーションばかりだった。

「オフザケ」と思われたのかもしれない。
でも、本人は、
《Good Idea!》
と信じていた。
今風に言えば、
《きわめてSDGsな提案》ではないですか!

おそらくこの時代、生協食堂が学生と双方向コミュニケーションをしようなどという気はさらさらなく、単に、
《意識高い系》(という言葉は当時なかったが……)
の管理職が、── いや、
《意識高い系》と見せかけたい
管理職が面倒なことを言い出したため、関係者一同、仕方なく付き合っていただけなのだろう。

やれやれ……。

*****

校則について書いた下記の記事の中に、こう書きました。

・規則は、作った側がその合理的理由を説明する責任がある。

未来の校則は《自律の歴史書》

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当時の生協食堂のような「感想・要望募集」も、単なるポーズでないのなら、《提案》があってそれを採用しない時には、採用しない合理的理由を説明して欲しい
── それは客のためというより、むしろ経営のために。

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