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すぐそこにある《アウトソーシング》 (SS;1700文字)

ユウタ、今日は早めにお風呂洗ってくれているのね。偉いわねえ……いつもいやがってるのに。
……あら、あなた……トヨダ君? 同じクラスの? なんでトヨダ君がウチのお風呂洗ってるの? ユウタに頼まれた?
ユウタ! どういうことよ? おーい! 2階? 降りてきなさあーい!

「ああ、お母さん、どうしたの?」

どうしてトヨダ君がうちのお風呂洗ってるの? これ、あんたの仕事じゃない!
お風呂洗いするっていう約束で、4月からお小遣い値上げしたはずでしょ?

「もちろん、忘れちゃいないよ。お母さんから『委託』されたその『業務』、トヨダ君に『再委託』したんだ」

それ、下請したうけに出したってこと?

下請したうけ? それは前世紀にほうむられた死語で、もう誰も使わないよ。自動車会社に部品を供給するのは『サプライヤー』だし、労働力や技術を提供するのは『委託先』だよ。ぼくが『委託元』でトヨダ君と『業務委託契約』を結んだんだ。
トヨダ君には労働力というより、彼の卓越した清掃技術を提供してもらっている。何せ3年生の時から自宅のお風呂を洗っているからね、技術力が高いんだ」

はあ? ……自分はちゃっかり小遣い上げてもらったくせに、自分でやらないで人を使ってることに変わりはないでしょ! ずるいじゃないの!

「それがずるかったら、世の中のほとんどの商取引は『ずるい』ということになるね。八百屋が50円で仕入れたダイコンを100円で売るのは『ずるい』ってこと?
トヨダ君が自分の家のお風呂を洗ってもらうお小遣いと、ぼくの1日あたりのベースアップとは、単価が異なるんだよ。このように内外の労働賃金に差がある場合、《アウトソーシング》のビジネスが生まれるのは常識でしょ?
しかもね、この場合はコスト差だけじゃなくって、技術力の差もある ── だから、サービスに品質差も出るんだよ。《高品質・低コストのアウトソーシング先》があれば、『内製』より『外注』の方がいいに決まってるじゃない」

品質の差って、ユウタがもっときれいにやってくれればそれで済むことじゃないの?

「ぼくの技術でトヨダ君と同じ水準で仕上げるには時間がかかる。つまり、《生産性》の観点でも、トヨダ君に委託するのが賢明なんだよ」

なに屁理屈こねてるのよ。
子供のうちから楽して人を使うなんて、お母さんは許しませんからね。

「やれやれ、もっと合理的に考えたらどうかな。
➀ トヨダ君は自分の技術を使ってお小遣いが得られる。
➁ ぼくもトヨダ君に委託することでその時間を他のことに使える ── 勉強とか?
最後に、
➂ お母さんは、ぼくにやらせるよりきれいなお風呂に入れる。

── これって、近江商人の『三方よし』に似てない?」

何が『勉強に使う』よ。その時間、ゲームに使うだけでしょ、どうせ。
だったら、お母さんが直接トヨダ君と契約するわよ。あんたに中間マージン、ピンハネされずに済むわ。

「ほう! ……ぼくは別に構わないよ。ただね、トヨダ君の家の人の耳に入ったら、どう思われるかなあ ── お母さんが風呂掃除を自分の子じゃなくて、他所よそんちの子供にさせている、と知ったら……」

な……。

「言っとくけど、ぼくは単にピンハネしているんじゃないよ。《エージェント》として、いわば『汚れ役』を引き受けているのさ。お母さんは何も知らない、掃除が苦手なぼくが勝手に頼んだ、トヨダ君は友情から引き受けた、というストーリーなんだよ」

う……。

「あ、トヨダ君、終わった? ごくろうさまです。これ、今日の分。……いやあ、トヨダ君の技術はすごいな、浴槽、ピカピカだよ。
あ、そうだ、ぼくと《マネジメント契約》を交わして、ウチ以外からも仕事を取ろうか? この辺り、老人家庭が多いから、風呂掃除の《アウトソーシング需要》は大きいんじゃないかな。……お、乗り気? いや、キミのその才能をトヨダ家とウチの2軒にしか使わないなんて、もったいないよ! ぼくが『営業』、キミが『技術』 ── 取り分はヒフティ・ヒフティでいいね?
あ、お母さん、どうしたの? ぼうっと突っ立ってて ── まだ何か?

<初出:2022年8月6日>

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