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すぐそこにある《健康》(SS;2,600文字)

「え、おばあちゃん、ここ? ありがたいお話が聞けるっての? ……ふうん、看板に『健康食品・発酵食品』って書いてあるね。……中はお年寄りがたくさん座ってる。お、若くてカワイイ感じのお兄さんが出てきたよ!」

みなさん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます! 私、イケベ、と申します。ほら、『イケメン』のイ、ケ、ベ、と覚えてくださいね!(笑) あ、ここは笑うところじゃないですよ、そうそう、とうなずくところですよ!(笑)
あ、そこのお姉さま(笑)、杖、お預かりしましょうか? どこか痛い所あります? ひざが? 気を付けてくださいね。私も田舎に78歳になるおばあちゃんがいまして、転ばないようにね、走っちゃダメだよ、って毎週電話してるんです!(ウンウン) ただね、最近、ちょっと物忘れが多くなりまして、……心配してるんです。(ウーン)
記憶力を維持するためには明日葉あしたばの葉を煎じて飲むといい、なんて言いますよね。(ウンウン)
でもね、ああいう健康食品って怪しいのも多いですからね、科学的な裏付けがある話だけを信じるようにしてくださいね。(ウンウン)
あ、そちらのベレー帽がお似合いのお兄さま(笑)、いいですよう、取らなくても、そのままで。紫外線対策ですか? さすがです。(ウンウン)
肌が薄くなったお年寄りこそ対策が必要なんですけどね、もうシミだらけだからどうでもいいやって?(笑) ダメダメ、皮膚ガンって怖いですからね。女性も男性も日傘をさして、そしてできれば日焼け防止クリーム、塗った方がいいですよ!(ウンウン)

(……うーん、集まったお年寄りの中には、不自然な感じで大きくうなずいたり、大きな声で笑ったりしてる人が何人かいる。他の人はそれにつられてる感じだな……)

そんなうまいこと言って、明日葉の青汁を買わせようとか、日焼け止めクリームを売り込もうとか? ……いえいえ、そんなつもりはまったくありません。(ホウ)
ホント、みなさんのこと、ウチのおばあちゃんと同じくらい心配してるんです。それに、実は私、高齢者健康増進推進士の資格も持っております!(オオー!)
断言しますが、一番大事なのは『免疫』です!(ウンウン) 免疫がなくなると、風邪もひきやすくなります。例のこわーい感染症も、免疫療法で撃退できます。(ウンウン)
ウチの会社は、えらーい大学の先生と一緒に開発した、自然素材の免疫食品 ── それも、若い人に比べて免疫がつきにくいお年寄りに特化した食品を開発したんです!(オオー!)

「おばあちゃん、ちょっとそれ、貸してよ」

(小声で)今日お集まりの皆さんにだけ、この場で3割引きの券をお配りします ── ハイ、ハイ、ハイ、……いいですか、誰にも言っちゃダメですよ(ウンウン)……今すごーい人気のこの商品、割引販売を知ったら、定価で買った人たち、怒っちゃいますからね!(ウンウン)
でもね、皆さんのお友だちで、この人だけには教えてあげたい、って人がいたら、ま、いいでしょ、特別にその人にも割引価格でお分けします。でも、ホントに信頼できる人だけですよ!(ウンウン) あそこに行くと安いよ、なんて大声でふれまわる人はダメですからね!(笑)
3割引きだと赤字なんですけどね(ホウ)、ぜひ1度お試しいただきたいので、清水の舞台から飛び降ります!(ホウ) 飛び降りて、怪我しないかな?(笑)
今日はみなさんに免疫が大事だってお伝えしたかっただけですので、特にこの健康食品を販売するつもりはありません。
え、割引券を今日使いたい? いやいや、今日は……数に限りがあるんで……え、なんとか大丈夫? 困ったな……じゃ、今日買いたいって方、どれくらいおられますか?

(お! 真っ先にウンウンしてたお爺さんお婆さんが手を挙げて……他の人もつられて手を挙げ始めたぞ……お、ウチのおばあちゃんも!)

ほぼ全員ですね……だいじょうぶ? 数あるかな? 3割引きで大丈夫? 社長に怒られないかな?(笑)
えーと、あれ? 手を挙げているキミ、まだ小学生だろ? 横にいるおばあちゃんと来たのかな? お孫さん? ユウタくんっていうの? おばあちゃんが手を挙げているから、キミは挙げなくていいよ、小学生のお小遣いで買うにはちょっと高いかもしれないしね!(笑)

「お兄さん! その健康食品、原材料はなんですか?」

原材料? ……えーと……パッケージに書いてある? ……こりゃ、小さな字だな……えーと、クマザサ、大麦、……まあ、イロイロです。企業秘密もあるからね……。

「1箱30包7000円から3割引きで4900円、ということですけど、製造原価はどれくらいなんですか?」

え? 難しい言葉知ってるね? 原価は高いよ。赤字になるくらいだから、ま、5000円以上だね。

「ふーん、じゃ、お兄さんの今日の日当、出ないんだね! ボランティアでオシゴトしてるんだ! 偉いね、お爺さんお婆さんたちの健康のこと、真剣に考えてるんだ!」

そ……そりゃそうだよ、私も田舎におばあちゃんがいて……。

「お兄さんの言う通りだよね! 健康第一だもんね! 定価の3割引きなら、買わない手はないよね!」

いや、そうだけど……なにか、キミ……。

「健康のためなら、健康食品を買って年金ぜーんぶ使い果たしたってかまわないよね!」

え、なに極端なこと言ってるの?

「なにしろ健康第一だもんね! 毎日のフツーの食品を買うお金を切り詰めてでも健康食品、買うべきだよね! 健康のためなら、健康食品買い過ぎて、家賃払えなくなってアパート追い出されて、路頭に迷ったって、その方がいいよね! ホントにそうだよね!」

おいおいおい……。

「あ、なんか、お兄さん、怖い顔になってきたね! 最初のニコニコと人相、変わってきたみたい」

あ、みなさん、席立たないで! さっき手を挙げた方、もうこちらに商品、用意してますんで……。

「それからね、今ネットで調べたけど、高齢者健康増進推進士なんて資格、存在しないみたいだね」

え? 調べた? おばあちゃんのスマホで? いや、これは社内資格で……。

「なあんだ、そうなの! 社内資格なんだからどんな名前付けたってかまわないよね!」

あ、みなさん、だめですよう! 帰らないで! まだ終わってませんよう!

「あれ? お兄さんが話すたびにウンウンうなずいたり、大声で笑ってたお爺さんお婆さんだけ残ったね! どうしてかな? あ、ウチのおばあちゃんも帰るって! じゃね!」

オイ! コラ! このガキ!


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