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すぐそこにある《世襲》 (SS;2400文字)

えー、それでは会場からいただくご質問はここまでとさせていただき、……え? もうひとり、大丈夫ですか? ……子供だから心配ない? ……では、そこで手を挙げている男の子、お願いします。
あ、今、マイクが行きますので……。

「はい、ボクは闇雲やみくも小学校5年のユウタといいます。おじさんのお話の後で、質問はありませんか、と聞かれた時、ボクが1番早く手を挙げたんです。でも、ちっともあててもらえなくて……」

ああ、それは申し訳なかったね。やはり、大人の人を優先するからね……。

「それは、ボクに選挙権がないからですか?」

いや、そういうわけでは……。『子育て支援』は私の重要な政策のひとつですから、日頃から子供さんのご意見もしっかり聴いていますよ。

「それから、今おじさんに質問した3人のオトナの人ですけど、不思議なことに気づいたんです ── 3人とも、手を挙げた時、青いカードを持っていましたよね。あれ、何かの合図なんですか?」

え? ……いやいや、そんなことはないでしょう。気のせいじゃないかなあ、ははは……。

「それから、おじさん、オトナの人たちの質問に答える時、なんだか視線が下の方にいっていたけど、ノートに書いてあるのを読んでるみたいに見えたよ」

ははは……、ちょっとうつむいて考えながら答えていたせいかな? ……それより、肝心のキミの質問は何かな?

「あ、今、おじいさんのような人が後ろから、
『先生、子供は適当にあしらってください』
と言いましたね。小さな声でも、マイクが拾ってますよ。
おじさん、《先生》って呼ばれてるけど、政治家だけじゃなくて、何か教えてるの?」

いやいや、教えてないよ。大人の世界ではね、政治家とか弁護士とか、偉い人は《先生》って呼ばれるんだ……え、え?

「へえ、政治家ってエライんだね。いや、おじさん自身がそう思ってる、ってことかな? あ、また、さっきのおじいさんが、
『先生、そんなこと言っちゃだめです。質問以外は相手にしないように』
と耳もとでささやいた! 小さな声でも、ボク、《読唇術》で唇の動きが読めるんだ」

わかった、そりゃすごいな。で、君の質問は?

「おじさんのお父さんも政治家だったよね? おじさんがお父さんから受け継ぎたかったものって何ですか?」

受け継ぎたかったもの? そりゃ、せん…きょ…く……あ、いやいや、そんなものは……そもそも、私は自らの意志で……。

「例えば、ボクのクラスの武見君、お父さんの跡を継いでお医者さんになるんだって言ってます。
クリニックの建物や診断装置とかのインフラだけじゃなくって、ベテランの看護師さんとか、地域のお客さんとか、そういう有形無形の《資産》を引き継ぐから安泰なんだって。
おじさんはお父さんから何を引き継ぐの?」

……うーん、そう言われると、君の友だちに似てるかな。この選挙区の地盤、つまり、後援会の人たちや、ベテランの秘書の人たち、この人たちは、どのように選挙を戦うかを知り尽くしているからね。

「へえ! じゃあ、その人たちに感謝しなくちゃいけないね」

まあ……いやその、もちろん、支えてくれる人たちには感謝していますよ。

「だったら、お礼もするんだよね?」

お礼? そりゃ、お礼は言いますよ。それは人として……。

「後援会長って、闇鍋やみなべ建設の社長さんなんでしょ?」

なんで小学生がそんなこと、知ってるんだ? いや、後援会にはいつも……。

「後援会長さんもお父さんの代からなんですよね?」

それは、そうですが……。いや、私が政治家を志したのは……。

「さっき質問した3人のオトナ、闇鍋やみなべ建設の社員さん? ── なんてことはないですよね? あれ? 顔が引きつってる! あらら、さっきのおじいさん ── その人もお父さんの代からの秘書さんですね? ── またなんか耳打ちしていますね、今度は口を隠しながら」

え、……あ? ……いや、その……。

「その耳打ち、印象悪いですよ ── 逆に。なんだか《二人羽織》か《腹話術》みたい。……お! 会場には受けてますね! 腹話術師のおじいさんは怒ってるみたいだけど」

えーと、君の質問にはもう、おじさん、答えたよね、それでいいね?

「あとひとつだけ、お願いします。おじさんがお父さんから引き継いだもの、── 後援会の人たち、秘書さん、ある意味、みーんな、《過去の人たち》ですよね。その人たちに感謝して、その人たちの言うことを聞いていたら、《過去のための政治》になってしまいませんか? ボクがおじさんに期待するのは、過去の世界を良くすることじゃなくって、未来を明るくして欲しいんです!

な、なるほど! いいこと言うな、君は! ── いや、ちょっと黙っててください! 《腹話術》はもうたくさんだ!

「おじさんが過去から引き継いだもの、それ、《利権》って呼ばれるものなんじゃないですか?」

── うーむ、そう言われりゃ、そうだね……。

「この会場にはたくさんの有権者がいます! おじさんが、過去からの《利権》と縁を切って、未来の世界を明るくするために力を尽くす、って約束すれば、きっと、今度の選挙では当選間違いなしだと思うよ!」

そうかな! おじさん、未来のために頑張るよ! ええい、うるさい! 《二人羽織》はもうやめた!


「……あ、お父さん、どうしたの? ── お父さんの会社も推薦を強要された? ── え? 何興奮してるの? ……ああ、あのおじさんの《変身》に感動したって? ……ボクの話にも?
……でもね、あの人、これで今度の選挙は間違いなく落ちるよ、── だって、二世議員のメリットを捨てるって言うんだもん。……もう裸の王様だよ。
今日の演説会場だって、90%以上は後援企業や宗教団体からの動員だからね……。
もう、みんなプンプンだよ!」

<初出:2022年9月16日>

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