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歴史は知的資産。神話だって利活用できる

歴史は学べることが多い学問で、かつ娯楽だと思うのですが、「それ知って何になるの?」とか「過去のことじゃん」と、冷めた意見をぶつけられることが多々あります。

実生活や仕事に役に立つような知識ではない、と言いたいのでしょう。確かに実利には乏しく必要性や目的もはっきりしないかもわかりません。けれど、歴史は「人間」を学びたいときに最上な範になると思っていて、人間とはどんなときに成功し、また失敗するものなのか、などの経験則のデータベースが蓄積されているから、大人の教養になる部分は多く、そうネガティブなことばかりじゃないよ、と言いたいわけです。

まだ徳川家康とか武田信玄とかの戦国武将などは、その戦い方や生き方から実り多き人生訓が学べて、実際学んでいる経営層やビジネスマンも多いから、そこに異を唱える人は多くないかもしれない。

一方で、事実かどうか極めて怪しい「神話」の部類になると、「それを知って何になる?」という論争は、おそらく歴史好きの間でも起こりそうな気がします。

果たして、神話は神話だと安易に片づけてよいものなのか?

神話だからといって現代社会に用をなさないと切り捨てて構わないほど、それらは無価値だと言えるか?

私は、神話だって学べる要素はたくさんある、と考える立場です。

前回の記事「『仁徳天皇の皇后・磐之姫の嫉妬深さ』は古代のマイノリティ問題か」で、仁徳天皇の故事を紹介しました。

この記事の冒頭で紹介したのが、仁徳天皇の「かまどの煙」。

「人家の炊煙の乏しさに民の困窮を察した天皇が、三年間税と使役を免除し、自らも貧乏な生活を押し通して民と困苦を共にした」という古事記・日本書紀の故事です。

仁徳天皇がなぜ聖帝と呼ばれるか、端的に説明したくてこのエピソードを紹介しました。

「かまどの煙」エピソードは戦前の国定教科書にも収録されていて、小学生はみな等しく教わったみたいです。確かに子どもの心を育てる情操教育にはプラスな面を期待できるでしょう。

あくまで神話・伝説の色濃い話なので、この話を史実として考えるのが不適当なのは私も認めます。「作り話」の可能性は無きにしも非ずです。

だからといって教える意味はないし、知る価値もないと言い切ってしまうのは残念というか、もったいない気がします。

率直に言って、仁徳天皇のその話が真実かどうかなんて現代では検証しようもないですし、不毛な議論に終わるだけだから、「事実かどうか」を言い合うことにこそ意味がない、と考えます。

それより、「残ってきたものには何かしら理由があるし、それだけで価値はある」と考えるほうが生産的で、それによって何かしらの価値を見出すほうが得策です。

ことわざを例に考えてみます。

「猿も木から落ちる」ということわざがありますが、誰か実際に猿が木から落ちたところ見たことあるでしょうか?

「犬も歩けば棒にあたる」と言いますけど、これって真実ですか? 歩いている犬が棒に当たるなんて、誰か実験して確かめたわけじゃないですよね?

けれど、これらのことわざについて、そういうものだとみんな納得しているはず。

それは納得するだけの普遍性があるからです。

このことわざに込められた「世の中何が起こるかわからない」「どんな達人でも失敗はある」という普遍的な真実をみんな共有できるから、ことわざとして残ってきたし、誰も疑うことなく使用しています。

この普遍性は、仁徳天皇の「かまどの煙」にも言えると思うんです。

民が夕食の支度もままならないほど困窮しているときに、権力者の住まいを修繕させるための労役を課すうえに、税金まで重く取り立てる。

そんなことをして果たして国がまともに立ちゆくのか。深く考えずともわかることです。

実際、不景気で国民全体が疲弊したところへダメ押しみたいに増税などすれば、国がよくなるはずはなく、一気に傾いて滅びの道を歩むことは、古今東西の歴史が証明しています。

「民の生活が苦しいときは税金は下げるもので、上げるなんて悪政以外の何ものでもない」

これは普遍的な真実といっても過言じゃない。

今、コロナ禍で青息吐息の企業や生活に苦しむ国民が多いというのに、増税を巡ってあやしい蠢動が垣間見られるのは、このような当たり前の政治的常識すら日本には根づいていないことの表れじゃないでしょうか。

歴史から学ぼうとしない政治家がはびこり、かつそんな政治家の存在をいつまでも許す国民が、今の悲惨な状況をつくっていると言えないでしょうか。

政治の話をするつもりはないので、話を戻します。

仁徳天皇の「かまどの煙」を「都合のいい作り話だから」と無下に全否定するのは、「猿も木から落ちる」の信憑性を疑い、ことざわとしての価値を認めないのと同じ。

せっかく残ってきた知的資産を上手に活用しない手はありません。

人生の必勝法やビジネススキル、恋愛テクニックなどの気の利いた情報はないけど、人間力を磨いたり、洞察眼や視野の広さ、大所高所で物事を捉える力を養う「教養」の獲得に、歴史はもってこいです。





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