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小説集

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#連載小説

小説 ケア・ドリフト⑬

小説 ケア・ドリフト⑬

 部屋に取り残された丹野は呆然としていた。「距離を置きたい」と言われたのも初めてなら、日頃から大人しい結衣が激昂した姿を見たのも初めてだった。

「貯金しなければならない、その為には・・・」

 そう考えると頭痛がしてきた。さっきまで、吸いたいと思っていたタバコも吸ってしまうと、頭痛に吐き気が加わりそうな気がして止めた。もう寝てしまおう。そう思った時、丹野が見つめていたのは角の折れ曲がった岡田の名

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小説 ケア・ドリフト⑫

小説 ケア・ドリフト⑫

 それから数日経って、彼は転職のことなど、目の前の仕事に追われてすっかり忘れてしまっていた。数日前の熱狂が嘘のように、冷めきった様子で淡々と仕事にあたっていた。入居者の食事、入浴、排泄の世話をし、そこにやりがいを感じる日々。いやそこに「やりがいのある仕事」というキラキラしたシールを張り付けておかないと、緊張の糸が切れてしまいそうなのである。
 結衣とも会えない日々が続いていた。ラインを送りあうこと

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小説 ケア・ドリフト⑪

小説 ケア・ドリフト⑪

 丹野は施設長に呼び出され、面談を受けていた。青嶋と飲みに行った日から、数日経っていた。
「丹野君は、いつもよく働いてくれている。頭が上がらないよ」
 施設長はいつも職員を持ち上げることから会話を始める。丹野もそのようなことは百も承知なので、
「そうですか、ありがとうございます」
 と軽く受け流す。面談に使われている部屋は、小会議室という八畳程のスペースにテーブルが一つ、椅子が四脚置かれているスペ

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