イノベーションの刷り込み:上場後もイノベーションを継続するための4つの要素
より大きなインパクトを生み出すために上場したにもかかわらず、上場がきっかけで不振に陥ってしまうスタートアップ企業は少なくありません。
今回は、上場後のイノベーションスランプとその克服をテーマに取り上げた最新の論文を紹介します。
紹介するのは、マーケティング研究の分野でランキング1位の「Journal of Marketing」2023年3月号に掲載されている、「Innovation Imprinting: Why Some Firms Beat the Post-IPO Innovation Slump」(イノベーションの刷り込み:なぜ一部の企業は株式公開後のイノベーションの停滞を乗り越えられるのか?)という論文です(注1)。
「イノベーションの刷り込み」とはなんでしょうか。なんだか気になる言葉ですね
早速、内容に入っていきたいと思います。
上場後3年で「4社に1社がマイナス成長」
上場したスタートアップ企業は成長が期待されているものの、上場後に成長率を落としたり、赤字に陥るケースも少なくありません。
これは日本の例ですが、上場後3年の時点で、4社に1社がマイナス成長になっているというデータもあります。
一方で、上場後も継続的にイノベーションを生み出している会社もあります。
例えば、メルカリは、2018年に上場した日本発のスタートアップ企業ですが、上場後もスマホ決済サービス「メルペイ(2019年)」や、BtoCマーケットプレイス「メルカリShops(2021年)」など、上場後にもさまざまな製品やサービスを生み出しています。
メルカリのように、上場後もイノベーションのスランプに陥らずに、イノベーションを生み出し続けている企業はどれくらいあるのでしょうか。
この論文では、米国で1980年から2011年に上場した207の消費財企業を調査し、上場前後のイノベーション行動を調べています。その結果、上場後に訪れる「イノベーションの低迷」を打ち負かして、上場後もイノベーションの創出を期待通りにできているのは、全体のわずか30%であることがわかりました。
イノベーションの刷り込みとは
では、その30%の企業が持つ共通点とは何でしょうか。
それが、「イノベーションの刷り込み(Innovation Imprinting)」です。
イノベーションの刷り込みとは、上場前から企業が行っている、イノベーションに関する4つの行動を指しています。
この研究では、Datamonitor社のProductLaunch Analyticsというデータベースなどを使って、成功している企業が上場前に生み出したイノベーションの情報を収集しました。
その結果、上場後にもイノベーションを生み出す企業は、上場前から以下の4つの行動、すなわち「イノベーションの刷り込み」を行っていることがわかりました。
この4つの刷り込み行動を上場前に行っている企業が、上場後もイノベーションを生み出す可能性が高いことが、この研究で明らかになりました。
例えば、先ほど取り上げたメルカリは、上場前から多くの破壊的なイノベーションを生み出しています。
その中には、「らくらくメルカリ便(2015年)」のように今でも残っているものもあれば、「メルチャリ(2018年)」のように撤退したものもあります。
しかし重要なのは、上場前から破壊的イノベーションを生み出す企業であることを社内外に印象付けていることです。
このような「イノベーションの刷り込み」ができているスタートアップ企業は、上場後もイノベーションを継続して生み出せる可能性が高いのです。
もちろん、メルカリが上場後も継続的にイノベーションを生み出し続けている理由は、経営層、採用力、組織体制など、他にも色々と要因があると思います。
しかし、上場前のイノベーション創出が上場後にも影響するというこの研究の視点は、とても興味深いのではないでしょうか。
鍵は投資家のリスク許容度
では、なぜ、これらの刷り込み行動が、上場後のイノベーション創出につながるのでしょうか。
この研究で着目しているのが、投資家のリスク許容度です。
多くのスタートアップ企業が上場後にイノベーションスランプに陥る大きな要因が、市場からのプレッシャーです。
ということは、市場の代表者である投資家の、イノベーションの失敗がもたらすリスクへの許容度が高ければ、企業はプレッシャーを感じることなくイノベーション創出に力を注げるかもしれません。
そのような仮説のもと、Thomson Reuters社の投資家データを用いて分析したところ、イノベーションの刷り込みが、よりリスク許容度の高い投資家を惹きつけていることがわかりました。
そして、投資家のリスク許容度が高まることで、企業が上場後にイノベーションの低迷を打破する可能性も高まっていることがわかりました(やや専門的に言うと、媒介変数として機能していることが明らかになりました)。
以上をまとめると、次の図のようになります。
改めて、振り返ります。
上場によって市場の評価にさらされても、イノベーションを産み続けられる企業になるためには、上場前から以下の4つを実践することが重要です。
また、これらの「イノベーションの刷り込み」を行うことで、イノベーション創出に伴うリスクの許容度が高い投資家を惹きつけ、その結果としてイノベーションスランプを打破する可能性が高いことが明らかになりました。
この論文は、スタートアップ企業の経営者や従業員だけでなく、投資家やマーケティング研究者など、色々な人にヒントになる面白い研究だなと思います。
また、最近では、企業内スタートアップやCVCなど、大手企業で働く人でもスタートアップに触れる機会が増えています。
この論文が示唆する点に着目して、上場前後のスタートアップ企業に注目してみると面白いのではないかなと思います。
おわりに
今回は、マーケティング研究のトップジャーナルである「Journal of Marketing」の論文を紹介しました。
マーケティング分野には以下の6つのトップジャーナルがあるのですが、「Journal of Marketing」はその中でもランキング1位の有名ジャーナルです。
世界の最新研究が掲載されている論文は、ビジネスに活用できるヒントの宝庫です。
これまでは読むこと自体に高いハードルがありましたが、翻訳ソフトなど様々なツールのおかげでかなり低くなってきていると思います。
この記事で興味を持ったら、ぜひ英語の原文も読んでみてください。
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参考文献
Wies, S., Moorman, C., & Chandy, R. K. (2023). Innovation Imprinting: Why Some Firms Beat the Post-IPO Innovation Slump. Journal of Marketing, 87(2), 232–252. https://doi.org/10.1177/00222429221114317
注1:「Journal of Marketing」の論文は基本的には有料ですが、この論文は無料で読める「オープンアクセス」になっています(2023年3月5日現在)。
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