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「ああ、夏だな」と小声で呟いた。

かき氷、バーベキュー、花火、入道雲、セミの鳴き声。

夏の思い出は
夏のものであって、夏のものではない。

本当は別に夏ものではない。

お祭りに行ったことではなくて、
友達が最近遊んだ男について語っているのを
つまらない顔をしてしまったことを
帰ってから少し反省したこと。

キンキンのラムネを飲んだことではなくて
前に住んでいたあのマンションの下で
隣でタバコを吸う男子二人が
次のデートについて急に相談してきて
日が暮れるまで、私の知らないその好きな子について話し合ったこと。

手持ち花火をしたことではなくて、
なんとなく距離感がつめられない私たちを
線香花火はそんなに簡単に助けてくれなくて、
今回もまたサークルの噂話をするしかなかったこと。

本当は別に夏のものではない愛おしい記憶たちは
今、夏という言葉で引き出される。

それは、
記憶の匂いに夢中だった秋でもなくて、
誰かの言葉が鮮明に残る冬でもなくて、
曖昧に、無自覚に過ぎていく春とは違って、

必死に感じようとしていた夏だった。

スイカ、プール、甲子園、宿題、扇風機。

わざとらしいくらいに、恥ずかしいくらいに
誰もが知る夏を

見つけるたび、
「ああ、夏だな」と小声で呟いて、
舌に、鼻に、耳に、目に
夏を感じていたくて。

「今年の夏は蚊がいないなあ」と
「夏の夜ってこんなに涼しかったけ」を重ねて。

そんな夏を私は恥ずかしげもなく、
愛おしく想う。

やっぱり、夏は夏だけのものだ。

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