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こんなところに風鈴があるから、セカイのことなんて何もわからない。

松屋町で降りた。
夏の地下鉄は、悪くない。
耐性がないまま、
熱い空気に飲み込まれることがない。
エスカレーターを登るときは
体温より少し低いくらいの温度の空気を
顔に浴びていられる。

地下鉄の駅はどこも同じよう。
外は見えない、コンクリ景色だから。
大阪メトロならどこも同じように
期間限定の〇〇展のポスターや転職エージェントの広告が貼られている。

大体音楽を聴きながら、
ツイッターを弾いているわけなんだけど。

なんとなく顔を上げたときに
あるものが目に入ってきた。

風鈴だった。
地下鉄の駅の天井に風鈴があった。

「不言実行」って書いてある。

なんとも、、、謎だ。

誰かの強い意志を感じるような気もするし、
サラッと気分で書いてみた、くらいのものにも感じる。

風鈴は夏のものと知っているから、
風鈴は夏のものだ。

夏のものが夏にあるのは、
気持ちがいい。

思いもよらない場所で
記憶される瞬間が現れた。

不言実行の文字が
地下の柔らかい風に揺れている。

なんだか不言実行という文字が
地下鉄の風鈴には
似合う気がしてきた。

誰がこの風鈴をここに垂らしたのか。

どんな気持ちで置いたのか。

風鈴職人が置いたのか、
ニートが家に閉まっていた風鈴を見つけて
なんとなく持ってきたのか、
駅員が風流心の持ち主なのか。

街を歩いていると、こういうのは結構ある。

公道に置かれた小さな植木鉢。
高架下に丁寧に畳まれていたジーンズ。

勝手な妄想ができて、
自由に物語を描いてみる。

だけど、そのどれも事実ではない。

今歩いているこの道に落ちている空き缶が
どうしてそこに落ちることになったか分からない。
落ちたのか置かれたのか、どこからか飛ばされたのか、知ることはできない。

横で電話しているお姉さんは誰にそんな物言いをしているのか、分からない。
声のトーンから察するに家族か恋人か、
相当身近な人だろう。
恋人だとしてどんな気持ちで怒ってるのか。

想像はできるけれど、
正解を知ることはできない。

私はただ空き缶が捨てられた道を歩き、
誰かと電話しているお姉さんの横で人と待ち合わせをしている。

ただ、それだけだ。

ただ、そこにある風鈴を
たまたま私は忘れないでいる。

(ついこの前、まだありました。)




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