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最終話 未来へ

●登場人物のおさらい

夢咲泉(ゆめさき いずみ):
部活として職業訓練を行っている特殊な高校「はばたき学園」に在籍する一年生。生徒たちを『ユメクイ』から守るヒーロー部の一員とであり、表向きは部員の運営するサロン・エスポワールで働いている。
司法部にも所属しており、夢は父親と同じ弁護士だと周囲には語っているが……。

羽岡天馬(はねおか てんま):
ヘアメイクアップアーティスト志望の二年生。明朗快活な人気者でモテ男。
ヒーロー部の一員で、泉にとっては直属の先輩のような立ち位置。

星影めぐる(ほしかげ めぐる):
ネイリストとアロマテラピスト志望の二年生。可愛すぎる女装男子。
ヒーロー部、そして宇宙警察の一員。

愛来あいら:
泉のルームメイト。声優志望の愛らしい少女。

 あのあと。
 レッスン室にやってきためぐる先輩からユメクイやヒーロー部の活動について説明を受けた愛来ちゃんは、全部を秘密にするって約束してくれた。
 
 だけど、さすがの宇宙警察めぐる先輩でも硝子が割れてひどいありさまになってる部屋を元通りにすることなんてできない。当然、人が集まってきて大騒ぎになった。
 それをいい具合にごまかしてしてくれたのが天馬先輩だ。

 いつの間にか違うところにいたって騒ぐ声優部の子たちにのっかって「ぜったい怪奇現象だよな! わくわくする!」って場を明るくしてくれた。おかげで、学園七不思議……みたいな感じで落ち着いてくれそう。

 だけど、全てはめでたしめでたしとはいかなくて――。

 *  *

「泉。お前は、一体どこで何をしていたんだ」
 
 すっかり夕焼け色に染まった空の下。
 女子寮の玄関前で、いつも通りの仏頂面をしたお父さんが待っていた。

 イケオジじゃない? ってひそひそ声で盛り上がっていた女子たちが、厳粛って言葉があまりによく似合う声を聞いてそそくさと去っていく。

「司法部の活動よりも優先すべきことがあるというのなら、説明してみなさい」

 ドクン ドクン

 心臓が嫌な音を立ててる。 

(私は……)

 このまま偽物の夢を語り続けていていいのか、ここに来るまでの間ずっと考えていた。
 入学する前の私は、自分が弁護士に心から憧れているわけじゃないとはわかっていても、どうすればいいのかわからなかった。

 だけど今は違う。

 やってみたいことが見つかった。
 背中を押してくれる人たちに出会えた。

 夢を叶えるまでの苦しさも知ったけど、それを乗り越えて進んでいこうとする人の格好良さも知ることができた。
 
 私も、みんなみたいになりたい。
 本物の夢を見つけたい。

 そんなふうに、前向きに考えている自分がいる。
 
 私は変われた。
 今なら、高い壁お父さんだって越えられはずだ。


 ぎゅっと手のひらを握りしめて、私は顔を上げた。
 お父さんの目をまっすぐに見つめて息を吸う。

「――っ、お父さん。私、弁護士になりたいわけじゃない」

 ピクッとお父さんの眉毛が動く。

「……何を言っているんだ」

「『きちんとした夢』のつくりかたがわからなくて、お父さんと同じなら間違いないって思った。だけど、それじゃダメなんだって、やっと気づけたの。――私、本当の夢を見つけたい。もう少しで、見つかりそうな気がするから!」

(言えた……っ)

 肩で息をしてる私を、お父さんは眉をしかめてじっと見てる。
 子どもの頃から、この顔が苦手だった。

(目を逸らしちゃだめ。今日は絶対に負けない)

「……もう少しで見つかりそうだ、と言ったな。あてがあるのか」

「え……」

 てっきり取り合ってもらえないと思ったから、間抜けな声が漏れた。

「……その……オルゴールを……」

「……は?」

「友達の誕生日プレゼントにしたくて、キットを使って作ったみたの。そうしたら、楽しくて……自分の作品って言えるものを作りたくなった。……だから、曲を……作ってみようかなって」

「作曲か。つまり、お前は音楽の道に進みたいと?」

「……それはまだわからない。だけど、自分から何かに挑戦してみたいと思ったのは初めてだから……特別なことのような気がして……」

 お父さんはじっと耳を傾けてくれていたけど、ついにため息をついた。

「ここは、将来について確固たるビジョンを持った若者たちが、実現のために切磋琢磨しあう学び舎だと聞いている。今のお前が在籍していい場所ではないのではないか?」

「そんなことはありませんよ」

 聞こえてきた声にハッとすると、学園長先生が近づいてきていた。
 すっきりまとめた茶色い髪とパンツスーツ、耳に光る上品なイヤリングがとても素敵だ。猫っぽい瞳は、やっぱり天馬先輩によく似ている。

(……どうして……あ)

 すぐに、彼女の後ろから天馬先輩が歩いてきていることに気づいた。
 目が合うと冗談っぽくウインクされる。

「……これは学園長」

 お父さんが小さく頭を下げた。学園長先生も足を止めて、同じように返す。

「お世話になっております。本日は司法部にご指導いただき、ありがとうございました」

「いえ。それで、どうしてこちらに?」

「泉さんがお父さんとやり合うかもしれないと、息子から相談されまして」

「!? 母さん! 言い方! 俺、やり合うなんて言ってねえだろ!」

「あら。そうだった?」

 仲が良さそうな羽岡親子のやりとりに、私とお父さんは完全に置いていかれている。

(……とりあえず、天馬先輩が学園長先生を呼んできてくれたってことなんだよね……?)

「失礼しました。お話を戻しますね」

 学園長先生が微笑んだ。
 そしてすぐに、真剣な面持ちになる。

「私は生徒たちに、自分自身と向き合う学生生活を送ってほしいと考えています。第一線でご活躍されている夢咲さんはよくご存知でしょうが、夢を叶えるまでも叶えてからも、多くの選択肢に出会い、挫折を味わい苦しむこともたくさんありますよね。……そのときどうするのか……。私は、迷わずに自分の幸せを実現できる道を選んでほしいと願っています」

(自分の幸せ……)

「人を笑顔にすることに喜びを覚える子もいれば、自分の世界を形にすることで充実感を覚える子もいる。自分がどんなことで喜びを覚えるのか、たくさん試してたくさん失敗して、知っていってほしいんです。その経験こそが、笑顔溢れる日々へと導く指針コンパスになる。――だからね?」

 学園長先生が、私をしっかり見つめた。

「泉さん。思う存分試していいのよ。そのために、あなたはこの学園にいるんだから」

 やさしい声と眼差しに胸が熱くなる。

 夢を叶えるために傷つくことがない私は、ユメクイの餌食にならない。だから、学園長先生は私をヒーロー部に推薦した――ヒーロー部にするために、入学を許可された――そんなふうに思っていたけど、本当は違ったのかもしれない。

(この人はきっと、私に本物の夢を見つけるチャンスをくれたんだ)

「……っ、ありがとうございます」

 自然と感謝の言葉が滑り出た。
 学園長先生は返事の代わりに微笑んでくれたあとで、お父さんに向き直る。

「夢咲さん。お嬢さんは今、司法部とは別に、ここにいる私の息子と同じ部活に所属しているんです。生徒たちを癒やし元気する、素敵な活動をしているんですよ。どうかこのまま、見守ってあげてください」

 にこやかにそう言って一礼すると、学園長先生は元来た道を戻っていった。沈黙を破ったのは、その場に残った天馬先輩だ。

「二年の羽岡天馬です。泉さんにはいつもお世話になって……じゃないな。えーっと……」

 いつも大人っぽくて頼もしい先輩が、目を泳がせている。

「泉さんは……思ってたより無器用で繊細で、人付き合いとか色々下手くそで……」

(!? ……やっぱり私、先輩にいつも迷惑掛けてるよね……)

「だけど、俺はそんなところがいいなって思ってて、他のヤツもきっとそうだと思う」

 私はハッと顔を上げた。
 視線の先の天馬先輩は、まっすぐにお父さんを見つめてる。

「だから、そばにいます。だけど……お父さんも、ちゃんと見てあげてください」

(……天馬先輩……)

「泉」

 話にじっと耳を傾けていたお父さんは、先輩ではなく私に視線を向けた。
 
「……お前の……泉という名前の由来。話したことがあっただろうか」

「ない、けど……」

(どうして今、そんな話をするんだろう)

「そうか」

 お父さんは呟くと、私の目を見つめ直した。

「泉のように笑顔が溢れる、充実した人生を歩んでいけますように」

「!」

「母さんがつけたんだ。成長したら話してやりたいと思っていたのに、忘れていた」

(笑顔が溢れる人生――)

「まだ先だが……卒業後、いい顔になっていることを期待している。ここでならきっと、大丈夫だな」

 お父さんはちらりと天馬先輩を見て会釈すると、横を通り過ぎていった。

「――っ、お父さん!」

 気づいたら呼び止めていた。お父さんが足を止めて振り返る。

 いつからだろう。
 見ないようにし続けてきた瞳は、想像してきたよりもずっと優しい。

「ありがとう。その……また連絡するね!」

 お父さんはなにも答えない。だけど、ほんの少しだけ表情をやわらかくしてくれた。

「……今、笑ってくれた……」

 夢みたい。遠ざかっていくスーツに包まれた背中をぼうっと見ていると、天馬先輩が目をまん丸くして話しかけてきた。

「え? あれ、笑ってたの?」

「はい、たぶん」

「はあ~、クールすぎるだろ。……だけどさ。お父さん、泉のことちゃんと大切に思ってたんだな。わかってよかった」

 天馬先輩は、自分のことみたいに嬉しそうな顔をしてくれてる。
 その表情を見ていたら……

「出会えてよかった」

 ぽろっと、言葉が滑りでた。

「え?」

「私、この学園に入学できて……ヒーロー部に入れてよかったです」

(今なら、きっと)

「これからもよろしくお願いします、天馬先輩」

 初めて名前で呼んで、笑いかけることができた。

「……!」

 先輩が勢いよく私から目を背ける。

 (え? なんで……)

 ショックすぎて、上昇していた気分が急降下した。

「……もしかして、名前、呼ばれたの嫌でしたか……?」

(それとも、目も当てられないほどひどい顔だった……?)

「ちがう! そうじゃなくて!」

「?」

「……やっぱり、可愛いよな……」

 先輩がぼやいた声が聞こえてきて、ひとりでに全身が熱くなった。

(……可愛い? いや、そんなまさか……聞き間違い? そうだよね? そうに決まって……)

「あ! ちょうどそろってる!」

 ドギマギした空気を吹き飛ばすみたいに、めぐる先輩の明るい声が飛んできた。

「天馬も泉ちゃんも! 電話しても出ないんだからあ! 探したよ!」

「……はあ? 何かあったのか?」

「今日が博士の誕生日だって忘れてたの! 本人、サプライズパーティー期待してバリバリ待ってる……!」

「げっ」

(うわあ……)

「というわけで、ピザでも買って帰りますか。今日は門限ギリギリコース覚悟してねっ」

 めぐる先輩は、私たちの間に入ると腕を取って歩きはじめた。
 その肩ごしに、天馬先輩と目が合って。
 二人そろって笑顔になった。

 夢見ると、傷つくこともある。
 それは怖いこと。すごく勇気が必要なこと。
 だけど、大好きな人たちがそばにいてくれるから、暗闇でも一歩ずつ進んでいけるはず。

(明日もいい日になりますように)

 ううん、きっとなる。

 夕焼け空の下。未来を想像して、私は微笑んだ。


fin

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