記念日はカレーの日【5分で読める短編小説(ショートショート)】
エレベーターを降りると、カレーのニオイが鼻孔をくすぐった。
『今日の夕飯はカレーだ!』心の中でそう言うと、小躍りしながら廊下を急いだ。
妻のカレーはスパイスから作るオリジナルカレー。すぐに妻のカレーだと分かる。ちなみに僕の大好物だ。
しかし、手間暇に加えお金がかかるため、誕生日や結婚記念日など、何かの記念日にしか作ってくれない。
「ただいま~!」
いつもより1オクターブ高い声になっていることに自分で気が付き、ちょっと恥ずかしくなった。
「おかえり~、今日はアナタの大好きなカレーよ」
「うん、エレベーター降りて直ぐにニオイで分かったよ」
手を洗い、スーツから部屋着に着替えて食卓に付く。念のため、スマホのカレンダーアプリで確認してみたが、今日は特に記念日ではない。
「はい、お待たせ~」
「美味そう!いただきます」
木でできたカレースプーンで一口頬張る。
カレーのニオイと味が口の中一杯に広がる。
「美味い!!!」
「良かった~」
「ところで今日は何か良いことあったの?」
「どうして?」
「だって、いつも記念日にしかカレー作ってくれないから」
妻は僕の質問には答えずカレーを口にした。
「記念日じゃなくても食べたくなったら作るわよ。でも、今日は改めていつも働いてくれているアナタにお礼がしたくてカレーにしたの」
一瞬、沈黙がリビングを支配した。
「だって、私たち夫婦には他の家庭より記念日が少ないでしょ」
結婚して7年、僕たちには子どもがいない。
つまり「母の日」も「父の日」も存在しない。もちろん、「子どもの日」「子どもの誕生日」「七五三」「入学式」「卒業式」・・・色んな記念日が無い。
「あ、今日、父の日か」
「うん。ウチには子どもがいないからアナタは父じゃないけど、世の中のお父さんと同じくらい頑張ってくれてるから」
再び沈黙が訪れた。
「いつも、ありがとう。記念日じゃなくても毎日、感謝してるわよ」
「こちらこそ、いつもありがとう」
「二人きりので最後の父の日、改めて感謝を伝えたかったの」
「えっ・・・」
三度沈黙が訪れた。
「来年からは我が家にも父の日が出来るわよ」
そういう妻の目には涙が溜まっていた。
親や兄弟、夫婦など、関係性が深まるにつれ、不思議と面と向かって感謝を伝えるのは恥ずかしくなる。
関係性が深ければ深いほど、日々の感謝を「当たり前」に思ってしまうことがある。
でも、たまに記念日があると日々の感謝を改めて実感することができる。
「来年からは、たくさんカレー作ることになるから、今年はこれで最後よ!」
「えーーー!?そんな~!じゃーおかわりください!!!」
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