橋本省二

クォークとは何か。量子色力学とは何か。教科書を読もうとして挫折した人やこれから読もうと思っている人、読まずにわかったような顔をしたい人のために、どういうことかを語ってみる。https://feelinquarks.blogspot.com/ から引っ越してきました。

橋本省二

クォークとは何か。量子色力学とは何か。教科書を読もうとして挫折した人やこれから読もうと思っている人、読まずにわかったような顔をしたい人のために、どういうことかを語ってみる。https://feelinquarks.blogspot.com/ から引っ越してきました。

    最近の記事

    小林・益川理論50周年

    2023年、今年は小林・益川理論が発表されてから50年の節目にあたる。素粒子物理のなかで、いわゆるフレーバー物理と呼ばれるものはここに起源があると言ってもよいくらいなので、私も含め関係する研究者にとっても大きな節目の年になる。私の勤める研究所でも2月には記念するシンポジウムを開くことになっており、招待した(ほとんどが海外の)研究者の多くはほぼ二つ返事で承諾してくれた。この間の進歩に多少なりとも貢献してきた理論家や実験家にとっては感慨深いものがあるのではないだろうか。(なお、一

      • 新物理はどこへ?

        2022年も終わりが近づき、欧米の研究者らがクリスマス休暇に向けて店じまいを始めていた12月20日になって、素粒子物理学者にとってちょっと衝撃的なニュースが飛び込んできた。今回新しく発表されたLHCb実験の結果は、これまでに同じグループが報告してきた結果を完全に否定するものだったのだ。素粒子の標準模型では説明できない、何か新しい法則が顔を出していると期待されていた実験データは幻だった。素粒子物理は再び先の見えない霧の中を進もうとしている。 この実験は、B中間子の稀な崩壊を調

        • クォーク・ハドロン双対性〜バークレーにて

          こんなに急な登り坂とは。言われたとおり大人しくシャトルバスを利用すればよかった。冬だというのに汗をかきながら坂を登る。ようやくたどりついたころにはもう汗だくで、しかも迷子だ。こんなはずじゃなかった。 アメリカ西海岸、サンフランシスコからほど近くの街、バークレーにあるカリフォルニア大学バークレー校はアメリカでも屈指の名門校だが、そこから丘を登ったところにローレンス・バークレー国立研究所がある。大学のキャンパスでは実験に手狭なので丘の上に施設を作っていったのがその成り立ちだとい

          • ゲージ? ファイバーバンドル?

            Wikipedia にはいつも助けられているが、首をかしげるようなこともないわけではない。 量子化に摂動的も非摂動的もない。量子化は理論を定義するもので、その計算手法とは別のものだ。超対称性を仮定して解きやすくした理論ならいざ知らず、現実のゲージ理論で非摂動的に「計算できる」レベルまできちんと定義できるやり方は他にないので、格子ゲージ理論が「他のスキームよりもうまく開発されていない」というのはまったく逆の話だ。(日本語ページは英語ページの直訳だと思われる。) ゲージ理論と

            あまりに退屈なシミュレーション? 〜 格子ゲージ理論

            なにもなかった宇宙のはじめ。ガスが重力で徐々にあつまり星になって光り出す。それらが集まって銀河をつくり、多数の銀河がまたフィラメント状の構造をつくる。宇宙分野のシミュレーションを可視化したビデオを見せてもらうと、うっとりとするほど美しい。きっと専門家からするとビデオを作ることは研究の中心ではなく、あれが論文の代わりになるわけでもないだろう。それでも、見たらすぐに感動できるコンテンツがあるというのは何ともうらやましい。 何を言いたいかというと、愚痴。私が専門にする格子ゲージ理

            いったいどっちを向いているんだ

            行列の固有値と固有ベクトルを求めよ。大学に入学したての頃、理系に進んだ人はたいてい線形代数というのを勉強する(させられる)。数学の先生がやる講義で出てくる「空間」だの「ノルム」だの、およそ抽象的で意味不明な概念の連続に心が折れそうになった人もいるに違いない。こんなことを勉強して何の意味があるのか。ところが、量子力学を学ぶにおよんで、これが本質だというのがやっとわかってくる。固有値とは(エネルギーや角運動量などの)物理量であり、固有ベクトルとは状態のことだ。そうならそうと早く言

            それじゃあ陽子の中は?

            陽子のなかではクォークやグルーオンがごちゃごちゃになっている。では、陽子のスピン(自転の速さ)は、何がどれだけ担っているのか。中身のクォークのスピンを測り足し合わせても陽子のそれ(+1/2)には全然足らない。いったいどうなっているのか? これは陽子の「スピン危機」と呼ばれて話題になった。量子論が許すスピンの最小値 1/2 をさらに分割しようという話で、素朴に考えるとかなり無理筋なのだが、ある種の平均値として考えればそれもありだろう。量子色力学の言葉で考えるとどうなっているんだ

            ごちゃごちゃの中で生き残る粒子は

            音楽家は楽譜を見るとすてきな音楽が頭の中で鳴り響くという。物理学者たるもの、数式を見るとすぐに物理現象が生き生きと想像できるはずだと思われるだろうか。残念ながらそううまくはいかない。私ももう長くやっているので、クォークがどんなものか頭の中にイメージができつつあるが、ずいぶんぼんやりしている。このぼんやりしたイメージを文章にしてみたい。どうなるだろうと思いながら書いてきた。案の定とてもごちゃごちゃした話になってしまった。私のイメージはこのとおりで、やはりごちゃごちゃしている。

            クォークは排他的

            「クォーク閉じ込めの謎」という言い方を聞くことがある。その本質は背景でランダムに揺れるグルーオン場だという話をした。わかってしまえばそれほど驚くべきことでもない。ただし、前回はある大事なことに目をつぶってきた。クォークと反クォークの対生成・対消滅だ。 「真空」とはエネルギーが最低になるような状態のことを言う。だったら何も起こらない平らな背景場が真空になりそうなものだ。ところが量子力学ではここにランダムなゆらぎが加わる。粒子の対生成と消滅と言ってもよい。これが優勢になると、真

            クォークの閉じ込めは当然か

            素粒子の相互作用を理解すれば、自然界の森羅万象はすべて計算してみせることができる。 ずっと昔にどこかでそういうことを言ったら、"More is different" を知らないのかと叱られたことがある。素粒子理論を研究している人は、どこかで原子核物理や物性理論を格下に見る意識がある。素粒子以外は、所詮どうやって計算するかという問題でしょ、というわけだ。それはある意味で正しいのだが、実現可能性という意味ではまったく話にならない。たとえ将来、量子コンピュータが実用化されたとしても

            振動か減衰か

            複素関数論というのは、何度勉強しても本当にわかった気がしない。理屈はわかるし数式は計算できるんだけど、そこから出てくる結論があまりにアクロバットな感じがして腑に落ちないと言うべきだろうか。コーシー積分がなぜああなるのかを頭の中に絵のように思い浮かべて納得できる人はいるのだろうか。それと同じように、振動をあらわす三角関数と減衰をあらわす指数関数が同じ関数の2つの側面だというのも突飛すぎてなかなか想像できない。陳腐な言い方だが、数学ってすごい。 場の量子論ももちろん数学を使って

            荒波のなかを漕ぎ出すクォーク

            ファインマン図というのがある。クォークが飛んできてグルーオンを放出し、そのグルーオンを他のクォークが吸収してまた飛び去る様子を、矢印のついた線や波線であらわす。場の量子論の摂動計算は、このダイヤグラムを描いて対応する数式を当てはめていけばできるというとても便利なものだ。毎日こういう図を見ていると、実際のクォークもこんなふうにグルーオンを「キャッチボール」して力を及ぼしあっているというイメージを持ってしまいがちだが、これは現実に起こっていることのイメージとしてはかなり遠い。では

            ごちゃごちゃの中に答えはある

            ようやく少しだけ涼しい風を楽しめるようになってきた。せっかくだから風を感じながら野外でのんびり散策など楽しみたい。だが、空気などの気体は、よく細く見てみると小さな分子が互いにぶつかり合いながらめちゃくちゃに動き回っているらしい。さわやかな風からは想像できないが、分子は毎秒1キロメートル以上の高速で飛び回り、私たちの体にぶつかっている。それでも涼しい顔でいられるのは面の皮が厚いからか。 クォークの質量についてあれこれ書いてきたが、なんだかんだ言って、結局はちゃんと計算できない

            ちゃんと定義しよう

            陽子のなかに潜むチャームクォークが発見。最近そういうニュースがあった。このこと自体には何の驚きもない。場の量子論では粒子の対生成・対消滅がいつも起こっているので、ある確率でチャームクォークを叩き出すこともあるだろう。問題は、そのチャームクォークは陽子に何かをぶつけたときにできたのか、それとも元々陽子のなかにあったものが出てきたのかという違いだ。今回のニュースは後者だと主張しているのだが、果たして本当だろうか。 実験で測定されるのは陽子を叩いて出てきたチャームクォーク。それだ

            クォークの質量は結局...

            自然科学の研究といえども結局は人がやっていることなので、ときには理屈に合わないことが広まり、そのままになってしまうことがある。クォーク質量を「MSバー」という意味不明のやり方で定義するのもそうで、みんながやっているからそうなっているとしか言いようがない。このやり方はそもそも摂動論(結合定数が小さいと思って展開する手法)を通じてしか定義できない。しかも、展開は収束しないので、どこかで精度は頭打ちになる。将来実験と理論の精度が向上したら、このやり方は破綻することがわかっている。当

            やればやるほど悪くなる

            ファインマン図というのがある、例えば、電子と電子が近づき、光子を交換することで力を及ぼし、また離れていくというやつだ。電子が光子を放出して再び吸収するとかいうのもある。これらの図は素粒子の反応をイメージするためにあるのではなく、特定の散乱過程の振幅(対応する波動関数のこと)を計算する規則に付随して現れるものだ。この図のなかの一つ一つの点や線が特定の部品に相当し、対応する数式がある。それらを組み合わせて4次元運動量に関する積分を計算すれば一丁上がりとなる。言うのは簡単だが、実際