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クォーク・ハドロン双対性〜バークレーにて

こんなに急な登り坂とは。言われたとおり大人しくシャトルバスを利用すればよかった。冬だというのに汗をかきながら坂を登る。ようやくたどりついたころにはもう汗だくで、しかも迷子だ。こんなはずじゃなかった。

アメリカ西海岸、サンフランシスコからほど近くの街、バークレーにあるカリフォルニア大学バークレー校はアメリカでも屈指の名門校だが、そこから丘を登ったところにローレンス・バークレー国立研究所がある。大学のキャンパスでは実験に手狭なので丘の上に施設を作っていったのがその成り立ちだという。素粒子を学ぶものにとっては、ローレンスが初期の加速器「サイクロトロン」を発明して、徐々に大型のものを作っていった場所だと思うと、現代の素粒子物理発祥の地として特別な感慨がある。今回、この研究所に古くからの友人たちを訪ねて、ほぼ押しかけ的にセミナー(コロキウム?)をやらせてもらうことになった。セミナー室に人が集まる様子を見ると、コロナ禍から回復しつつある世界を実感できる。

話した内容は「クォーク・ハドロン双対性」について。クォークが起こす衝突や崩壊では、最終的にでてくるのはパイ中間子や陽子・中性子などのハドロンだ。クォークの閉じ込めという性質のおかげで、クォークが単独で飛び出してくることはない。それにもかかわらず、こうした反応の理論計算はクォークを基本自由度とする(量子色力学の)摂動法をもちいて行われる。反応の結果飛び出していったクォークは、あとはどうなろうが知らないというわけだ。幸運なことに、この計算は実験と非常によく合うことが知られている。計算はクォークで、測定はハドロンで行っても両者は一致する。これが「クォーク・ハドロン双対性」だ。

なぜそうなるのか。そこが問題だ。実のところ、両者の一致はいつも成り立つわけではない。たった一つのハドロンが出てくるような過程を摂動論で計算しようとしてもうまくいかない。では二つならどうか。三つなら? こういういろんな反応の結果をいくつも足し合わせていくと理論と実験は一致するようになる。うまくいく場合といかない場合、その境目はどこにあるのか。うまくいっているように見える場合も、どこまでの精度で一致するのか、明白な答えはない。

この問題は量子色力学が生まれたときからの宿題となっているもので、いまだにすっきりとした解決は得られていない。とにかくうまくいっているみたいなので、それで満足して先に進む。多くの場合はそれでいいのだろう。だが、単に信じるだけでは科学とは言えない。理解しなければ。この難題に、非摂動的な計算が可能な格子量子色力学でどうせまるか。今回のセミナーではそういう話をしてきた。実にマニアックな話だ。一方で、理論の基盤にかかわる重大な問題でもある。そういう話はどれだけ受け入れられるだろうか。その結果は案の定…。

詳細な内容をここで紹介するのは専門的になりすぎるだろう。研究発表のあとはいつも高揚感といくらかの後悔が残る。後悔は聴衆の表情を見て感じるものだ。オンラインの発表では得られない情報がここには確かにある。コーヒーを片手に最近気になっていることを語り合って意見を聞くことも貴重な時間だ。次の研究への動機はこういうところから生まれる。ようやくまた歯車が回り始めたようだ。

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