あまりに退屈なシミュレーション? 〜 格子ゲージ理論

なにもなかった宇宙のはじめ。ガスが重力で徐々にあつまり星になって光り出す。それらが集まって銀河をつくり、多数の銀河がまたフィラメント状の構造をつくる。宇宙分野のシミュレーションを可視化したビデオを見せてもらうと、うっとりとするほど美しい。きっと専門家からするとビデオを作ることは研究の中心ではなく、あれが論文の代わりになるわけでもないだろう。それでも、見たらすぐに感動できるコンテンツがあるというのは何ともうらやましい。

何を言いたいかというと、愚痴。私が専門にする格子ゲージ理論のシミュレーションでは、あんな美しい動画は出てこない。真空の様子に色をつけて動画にすることはできるが、要はごちゃごちゃなので見ていてうっとりすることはない。より大規模でより精密なシミュレーションをやったとしても、ごちゃごちゃの見た目が変わるわけでもなく何もアピールにならない。出てくるのはグラフ上の1つの点。その誤差を小さくすることに大半の労力を費やしているわけだが、無味乾燥なグラフを見ても本人以外が感動することはありそうもない。そういうわけで「難しそう」という代名詞だけを頂戴して遠ざけられることになる。本当に残念なことだ。

愚痴ばかり言っていても仕方ないので、格子ゲージ理論がどういうものなのかを紹介してみたい。ただし、数式は使わないポリシー(面倒なだけ)なので、表面的になってしまうかもしれない。イメージだけでも伝えることができるだろうか。

格子というだけあって、場の量子論を格子の上で定義することになる。現実の世界では結晶などはそういうものだ。原子が規則的に並んでいて、一つ一つの原子が自由度(注目するものに応じて電子かもしれないし、スピン、あるいは原子核の振動かもしれない)をもつ。あとはそれを素直に表現した理論をつくればよい。「理論を作る」とは、つまりハミルトニアンを定義することだ。全体のエネルギーを与える式を書く。格子上には数多くの自由度(例えばスピン)が並んでおり、その配置に応じてエネルギーが決まる。むやみに配置したスピンだとエネルギーが大きくなって実現しにくくなる。現実にはエネルギーをできるだけ小さくするような配置が選ばれるだろう。あとは温度との兼ね合いだ。

同じことを本来は連続的に自由度が分布する連続場の理論に適用する。量子電磁力学でもいいし、量子色力学でもいい。空間は連続的につながっていることは重々承知のうえで、これを格子で近似するわけだ。だいぶ前に、場の理論を「画素」で考えるという話をしたことがある。画素が十分に細かければ連続につながった映像とみなすことができるだろう。そういうものを想像すればよい。どっちみち、場の量子論にはいろんな発散があらわれて、連続的な空間を考えると発散のせいで意味をなさなくなるのだ。格子にして何が悪い。

格子ゲージ理論の創始者はウィルソン。だが、彼がノーベル賞を受賞したのはこれではなく、臨界現象(つまり相転移)の理論だった。「くりこみ群」ともいう。同じ現象を異なる大きさの画素で見るとどう見えるかを調べる理論だ。その彼にとっては、連続時空の場の理論であっても格子にして考えるのは自然なことだった。当時まだ登場したばかりのゲージ理論を格子理論として定義する。その考えが、くりこみ群を通じた場の理論の深い理解につながることになった。

ウィルソンがコーネル大学に職を得たのは1963年。まだ学位を取り立てで、ほとんど論文も書いていなかった。それでもすぐにテニュアを得た。今ではありえないことだ。ウィルソン自身が「自分は職を得られそうなので publish or perish (論文を書くか死か)について心配する必要はなかった」と語っている。それを主導したのはハンス・ベーテ。のちにウィルソンがノーベル賞を受賞したとき、会見で隣に座ってドヤ顔を見せるベーテの写真がいい。

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