それじゃあ陽子の中は?

陽子のなかではクォークやグルーオンがごちゃごちゃになっている。では、陽子のスピン(自転の速さ)は、何がどれだけ担っているのか。中身のクォークのスピンを測り足し合わせても陽子のそれ(+1/2)には全然足らない。いったいどうなっているのか? これは陽子の「スピン危機」と呼ばれて話題になった。量子論が許すスピンの最小値 1/2 をさらに分割しようという話で、素朴に考えるとかなり無理筋なのだが、ある種の平均値として考えればそれもありだろう。量子色力学の言葉で考えるとどうなっているんだろうか。

ごちゃごちゃのグルーオンの海のなかをクォークの波がひろがっていく。クォーク1つだけではグルーオン場を平均したところで消えてしまうが、中間子なら生き残れるというのは前回お話しした通りだ。同じようにクォーク3個でできた陽子も生き残る。これはSU(3)群という数学的構造をもつ量子色力学の特殊性で、3つを組み合わせることで平均しても残る成分をつくることができる。あとは、遠くまで広がっていったクォークの波を3つ重ねたもの、つまり陽子を調べればよい。スピンは 1/2 、質量を計算して求めるのは大変だが、大規模なシミュレーションをすればわかる。これでできあがり。陽子を外から見たときの特徴は電荷とスピン(付随する磁気能率)、それに質量くらいしかない。それもそのはず。しばらく前までは陽子は一個の素粒子だと考えられていた。素粒子はそんなに複雑な性質をもたないだろう。それだけわかれば大満足ではないか。

では、陽子の中身を調べるというのはどういうことだろう。実験を思い出してみよう。だいぶ前の駄文を参考にしてみていただきたい。陽子に電子をぶつけてみる。陽子は電荷をもっているので電磁気力を感じる。光子を吸ったり吐いたりできるということだ。だから、電子をぶつけるというのは光子をぶつけると考えてもいい。とにかく、そこにある陽子に外から何かを差し込んでみればよい。

電子も光子もやはり波だ。低エネルギーの電子を陽子をぶつけると、波長の長い波で陽子を見ることになる。光子を感じるのは陽子の中にいるクォークには違いないのだが、波長が長いせいで3つのクォークが同じように光子に反応して揺さぶられる。それではそれが3つのクォークなのかどうかすらわからない。陽子1個が全体として光の波に漂っているだけだ。これを高エネルギーの電子に取り替えてみよう。その波長は短い。陽子の大きさよりも短い波長を考えると、こんどは個別のクォークの様子を見ることができるようになる。高エネルギーの電子は、1個1個のクォークを叩くことができる。気になるならそのスピンを調べることもできるだろう。こうして陽子のスピンを「分解」することができるわけだ。

量子色力学による計算でこれと同じことをするにはどうすればいいだろうか。そう。陽子のなかに光子を差し込んでやればよい。具体的にはクォークと光子の相互作用をあらわす演算子を、広がっていくクォークの波のなかに挿入してやる。しかも短い波長に対応する空間分布をもたせて。グルーオンの海のなかをじわじわと広がっていたクォークが、突然光子に叩かれて走り出す。しかしやはりグルーオンの海のなかにいるので簡単にはいかない。荒波のなかを手こずりながら、それでも勢いをつけてある方向に流れていくわけだ。光子で叩いたあとで陽子が走り出すのを見たければ、しばらく経ったあとで陽子の基底状態が残ったものをみればよい。こうすれば、陽子が電子に押される確率が計算できることになる。

しかし、本当に知りたいのは個別のクォークの性質、例えばスピンがどうなっているかだった。それを知るには叩かれた陽子が壊れずに走り出す様子を見るのではだめで、陽子をばらばらに壊す必要がある。できるものはめちゃくちゃ。こんなときはどうすればいいだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?