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【小説】つまらない◯◯◯◯ 25

 けれど、そうは思いながらも、近付かなくてよかったとも思っているのだ。二人で飲んで喋るだけで終わった人たちと無理に近付いてしまっていたら、その相手と付き合うようななりゆきになっていたのかもしれない。そうなったときに付き合ってもいいかなと思えるくらいにはいい人たちだった。だから、そうならなくてすんだという意味では、近付かなくてよかったんだなとも思う。付き合ってしまうと、どうしてもそれなりに楽しくやれてしまうし、長続きしてしまう。そうしたら、実際に付き合った人たちとは付き合えなかったかもしれない。流れに任せていた結果として付き合うことになった人たちが自分の付き合う相手でよかったなという気持ちは強い。
 結局、俺は俺とやりたい人としかしたくないのだろう。しっかり惹かれ合っていれば、お互いに勝手に前のめりになってしまって、そのまま勝手に距離が縮まっていってしまうものなのだと思ってきた。そういう相手とくっつけばいいのであって、どっちでもいい人とはくっつかなくていいとも思ってきたのだろう。それによってセックスできる機会がどれだけ減るとしても、お互いにしたいと思っている場合だけしかセックスできなくていいと思っていて、だから、俺はお互いがそんなふうになるのを待ってばかりいて、そんなふうだったから、俺が何かをするのを待ってくれていた人たちと何もないままになってしまったのだ。
 聡美にしても、お互いに気持ちが前のめりになったのは、キスをしてからだった。そこまでは、何もないかのようにしていた。俺もそれに合わせていたけれど、かといって、態度とか表情だとかは、少なくても聡美よりは前のめりなものがあったはずなのだ。聡美がそれに対して、何も態度で反応を返してくれなかったというのはあったのだと思う。
 そして、なんとなくそうなっていかなかったという意味では、俺と聡美の相性はよくなかったとも言えるのだろう。俺の基準からすれば、そこまではお互いに惹かれ合っていたわけではなかったということになるのだ。メッセージが続いていなければ、付き合うところまでいかないで途中で終わっていた関係だったのだろう。お互いになんとなく決め手がない感じに思って、もやもやしつつも、何もなかったことにして、たまに会社の飲み会で近くに座ったときに楽しく話せる相手というくらいで落ち着いていたのかもしれない。
 もちろん、ただ自分が臆病なだけだったりもするのだろう。切り出してもいいとは思っていたのだから、臆病でなければ切り出していたはずなのだ。かといって、俺は今までもずっと臆病だったけれど、どうしても近付きたくなった相手には、無理をして近付いていた。自分でも臆病だなとは思いながら、そういう昔のことを思って、まだどうしてもというわけでもないからいけないのだろうと思っていたところもあったのだと思う。
 けれど、そんなふうに思っているから、誰にも近付こうとしないし、二人きりで会う機会を作れても、それ以上に近付けなかったりしているのだろうなとも思う。どうしても近付きたいとまで思えることなんて、めったにないのだ。俺がそんなふうに思ったのは、童貞でなくなってからの十年ちょっとで二人とか三人なのだろうし、無理にでも近付いたということなら、一人だけだった。その人には何度も連絡して、けれどいつまでも流されているばかりだったから、別の用事を装って電話で話して、そこで少し打ち解けてから、別の機会に向こうから会いたいと言ってくれて、それから何度も会って一緒に過ごした。好きだということを繰り返し伝えながら、何度も食事をしたり散歩をしたりした。結局はうまくいかなかったけれど、その人には、どうしても近付きたいと思って、ちゃんと近付いたのだ。そして、その人とうまくいかなかったことで、より臆病になったところもあるのだろうと思う。仲良くはなったし、手を繋ぎ合っていろんなところをうろうろして、身体を近付け合うこともお互いにとって当たり前な雰囲気になっていて、それでもセックスしないままに会わないようになってしまった。その人とのことはかなりショックが残った。それ以降、他人が自分に好意のようなものを向けてくれているのを感じても、その気持ちは、俺がどれくらいの好意だろうと感じているものよりもはるかに小さくてどっちでもいいような気持ちなのかもしれないとか、そんなふうに思いがちになった気がする。自分の中の好意に対してもそうで、これは単純に年をとったからというだけかもしれないけれど、誰かに好意を感じることがあっても、自分が感じているほど自分の好意は本当には強くないような気がして勝手にしらけてしまうことが増えていった。
 その人と会わなくなったあとでも、軽い好意ではなく、はっきりと強く惹かれた人はいなくはなかった。けれど、その人にはどうしてもとは思えなかった。その人を前にしている気分の昂揚具合としては、聡美に対してよりも気持ちを強く乱されるように惹かれていたのだと思う。けれど、ある程度親密になって、お互いに惹かれている感じで、あとは俺が誘ってみればいいだけだったのだろうけれど、どうしてもという気持ちにはなれないまま、億劫さに流れて何もないままになってしまった。それにしたって後悔していた。どうしてもという気持ちなんて自分の思い込みなのだし、そのときの自分が落ち込み気味で、他人から自分の肉体を無意識に遠ざけようとしていることには自覚があったのだから、無理にでも思い込めばよかったのにと思う。
 けれど、そういうものなのかなとも思うのだ。昔俺が付き合ったうちの二人は、俺と仲良くなる前から俺のことが好きだったらしいけれど、その人たちにしても自分から俺に近付いてきたわけではなかった。どうしても近付きたいというほどの気持ちではなくて、そういう流れがあったならそうしてみたいというくらいの気持ちで、そういう流れがあるかもしれないように動いてみたりしていただけだったのだと思う。
 どうしてもと思って無理やり近付くなんて、多くの人は何十年生きていてもめったにしないことなのかもしれない。聡美にしても、俺から言われるのを待つと決めていて、それでも我慢しきれずに聡美から切り出してくれたとはいえ、俺に対してどうしてもという気持ちだったわけではなかったのだと思う。俺と聡美は何度も何時間も真正面で向き合って時間を過ごしていたのだ。どうしてもという気持ちがあったのなら、きっと俺はその気持ちに引き寄せられて、もっと早く聡美に触れようとしていたのだと思う。昔のことを振り返ってみても、どうしても近付きたいなんていう気持ちが自分に向けられているのを感じたことがなかったように思う。どうしてもなんていう感情は、自分の中にも他人の中にもめったに見出せないものなのだ。
 そして、どうしても近付きたかった人と付き合うとどんな気持ちになるのか俺は知らないけれど、どうしてもという気持ちになる前に、自然と近付いてしまった人と付き合っても、それで充分に楽しくやれるのだし、相手をとても好きになっていけるのだ。俺はそんなふうに女の人と付き合ってきたのだし、聡美とのことにしても、どうしてもというほどの気持ちではなかったのが問題だったのではなく、なんとなく前のめりになるような雰囲気が出てこなかったから自分からいかなかったというだけで、それは俺にとってはいつもどおりのことだったのだ。
 俺がこれまでどおりな感じで、そんなでもないのかなとぼんやりしていたところに、聡美のほうが不本意ながらに切り出したのだ。それだけでもびっくりした。そして、すでに付き合っていることになっていて、またびっくりした。
 そして、聡美が「次は好きになってもらう。それで、私がその人を好きになれたら、その人と付き合おうって」と言ったのを聞いて、どうして自然と聡美に近付かなかったのか腑に落ちた。聡美は別に俺に触りたいとか近付きたいとか思っていたわけじゃなかったのだ。だから、俺がそういう雰囲気にならないからと、近付こうとしていなかったというのは、ちゃんと聡美の気持ちを感じ取れていたということなのだ。俺は勘違いしていたけれど、そもそもそんな雰囲気になるはずがなかったのだ。
 聡美は付き合うに値するかどうかという観点で俺を見ていたのだ。俺のほうは、好きだし、この人ならもっと好きになれるのかもしれないと思いながら、もっと近付いて触れ合ってみたいけれど、聡美からはそういう気持ちを感じないなというような、付き合うかどうかは一切考慮していない観点で聡美を見ていた。お互いの視線は噛み合わずにすれ違い続けていたのだ。聡美は俺を自分の彼氏として好きになれるかどうか探っていて、好きになれてからは早く告白しないかと待っていた。飲み屋のテーブルの向こう側で、テーブルの反対側から告白の言葉が切り出されるのを、前のめりにもならず、姿勢を正して内心でいらつきながら待っていたのだ。
 そうやって聡美が長々と待ってくれていたのに、俺は自分の気持ちをちゃんと考えようとしないままだった。毎日メッセージをやり取りして、毎週のようにふたりで飲みに行きながら、そのあいだずっと、俺は聡美を女の人としてではなく、人として好きになっていっただけだった。そして、女の人としては、この人とはいつまでも雰囲気が出てこないなと不思議に思っていただけだった。それは大きな勘違いだった。俺はいつまでも恋愛になってこないと思っていたけれど、聡美はひとりでずっと俺に恋愛してくれていたのだ。
 おかしなことになったなと思う。指一本触れないうちにこんなに好きになって、けれど、お互いのあいだに触れ合いたいとかセックスしたいというムードが出てくることのないまま「うちに来る?」と言われて、そして、セックスしたあとはもう付き合っていることになっている。こんなことは初めてだなと思う。



(続き)


(全話リンク)


この作品よりあとに書いたものなので、こちらのほうが面白いです

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