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【小説】つまらない◯◯◯◯ 48

 俺と付き合っていた人とのセックスレスにしたって、相手が俺とのセックスに興味がなかったからだったのだと思う。付き合い始めの緊張感で、大丈夫だろうかというふうに俺の今の気持ちを確かめてくれていたものが、大丈夫になったからと俺の今の気持ちを感じようとしなくなる。それは、緊張感がなくなったからではなく、緊張感がないと確かめていようと思えないくらいに、俺に興味がなかったからなのだ。俺の感触を感じているのが好きで、俺のセックスを確かめていたいという気持ちがあったなら、俺と一緒にいることが当たり前なことになったとしても、自分の楽しみのために、俺が今どんなふうなのか確かめていたはずだろう。俺としては、相手のことを確かめていたくて確かめていた。けれど、相手が俺を確かめてくれていたのは、これで大丈夫だろうかという緊張感があったからというだけだったのだ。
 安心してしまうことで、相手にとっての俺は、好きだけれどよくわからない人から、大好きな彼氏になってしまう。俺を前にしたときの意識が、俺とうまく一緒にいられているだろうかという意識から、ふたり一緒の時間を楽しもうという意識になっていく。俺が何を感じているのかを意識していないわけではないにしても、基本的にはうまくいっているから大丈夫で、何かあったならそれをちゃんと受け止めればいいというくらいの感覚になる。そして、そんなくらいであれば、相手は基本的には俺を感じていないようなものなのだ。そして、何かあったときというのも、何かあったのはふたりの関係に何かがあっただけで、俺に何かがあったとは思っていない。俺がどんな気持ちなのかということを感じようとするより前に、ふたりの関係としてどうしたらいいのかということを考えている。俺がどうなのかではなく、この状況に対して自分はどうしたらいいのかという感じ方になっているのだ。
 それはセックスでもまるっきり同じなのだ。好きな人といいセックスができていれば幸せというような意識で、気持ちよければいいセックスになっているというくらいの感覚なら、俺がセックスをしながらどんな気持ちなのかということを感じようとしている瞬間なんてほとんどないのだろう。そして、それが普通のセックスなのだろう。普通食べ物に興味があるのは飲食業の人たちだけなのと同じことなのだ。
 料理が美味しくてよかったと思うように、俺とセックスして気持ちよかったと喜んでいるのだろうか。こういう料理を食べてみたとか、こういう店で食べてみたとかというように、俺とどんなふうにセックスしたということを楽しんでいるのだろうか。そういうことを楽しんでくれるのはいいのだ。けれど、料理には味があるのだから、その味をしっかりと味わえばいいんじゃないかと思うし、それと同じように、セックスの相手は俺で、俺というのは俺の今の気持ちで、俺の身体や声や仕草なのだから、それを感じようとしてくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。
 俺が付き合っている人に、他にセックスしてみたい人がいればセックスしてくれればいいと思っているのは、セックスを恋人とのイベントのように扱うのをやめてほしいからというのもあるのだ。他の人としてみれば、また俺としてみたときに、相手によってどうしようもなく身体の感触もセックスの進み方も違っていることに驚きながら、俺とのセックスがどういうものなのかを改めて感じてくれるはずだろう。ただセックスが気持ちいいと思うだけじゃなくて、俺がこんなふうにしてくれているから気持ちいいとか、俺とはどんなふうに噛み合うことができるから気持ちいいというように改めて何かを思ってくれるんじゃないかと思っている。そんなふうに、俺のセックスを彼氏とのセックスじゃなくて俺のセックスとして感じてほしいから、相手が他の人とすることは俺にとっても悪いことじゃないし、そうしてくれていいと思ってきたのだ。
 今まで、相手の目が自分を感じてくれていないなと思うたびに、この人は俺に興味がないのだと思ってきた。そして、自分が他人にとって興味を持つべきものだなんて大それたことを思いようもなくて、こんなふうになってしまうのも仕方のないことなのだと思ってきた。
 けれど、黙ってそれを諦めていたわけでもなかったのだ。もっとどういうふうにセックスしてほしいというようなことは、今まで付き合っていた人にも話していた。けれど、俺に興味を持ってほしいとか、関係性として俺を見るのではなく、俺自身を感じようとしてほしいとか、そんなことを言っても、なかなかわかってもらえなかった。相手はいつも、俺に興味があると言っていた。けれど、それは俺に興味があるとしても、俺が自分をどう思っているのかに興味があったり、自分が俺に何をしてあげられるだろうということに興味があったりとか、むしろ自分に対しての興味なのだ。そういうことについても話した。
 そして、そういうことを話したことで、セックスの中でのお互いの気持ちが持ち直したこともなかった。相手はその話を真面目に聞いてくれて、どうにかしようと思ってくれていたのだと思う。けれど、好きだとか大事に思っているという気持ちを込めて俺を見詰めることしかできなかったのだろう。そして、そういう気持ちを込めて身体を触られても、それは気持ちの押し付けのようにしか思えなくて、俺を感じてくれているようには思えなかった。俺を感じようとしてほしいだけだったのに、相手は人間関係として俺に働きかけるばかりだった。
 聡美とだって同じなのだろう。聡美は安心したい人なのだ。むしろ、今まで付き合っていた人より、聡美は幸せになりたいという気持ちが強いようにも思う。恋愛や幸せのためにセックスをしていて、俺に興味があって、俺を感じるためにしているわけではないのなら、そう遠くないうちにそうなってしまうのだろう。
 俺に興味があるのかということで言えば、二十五歳以降に付き合った人たちは、むしろ俺に興味を持ってくれていた。何ということもない話をしている中でも、俺の言い方や感じ方を面白がってくれていた。俺がどういう感覚としてそういうことを言っているのかということを感じ取ろうとしてくれて、ただ楽しく話しているというだけでなく、俺を楽しんでくれていた。あんなにも俺に興味を持ってくれる人たちは、これから先現れないのかもしれないとも思う。聡美にしても、ふたりの関係性をいいものにしたいという熱意はとても大きいのだろう。けれど、俺への興味ということでは、その人たちほど強いものはまだ感じられていない。
 そして、俺に興味を持ってくれていた人たちにしたって、何かについての俺の思うことについては、俺への興味でもって話を聞いてくれていたけれど、自分のことが絡んでしまうと、俺の言っていることは、恋人からそんなことを言われてどうすればいいのかという観点で受け取っていた。何かをしている俺を眺めているような間合いでは興味を持ってくれていたけれど、恋愛的な間合いでは、彼氏と彼女が一緒に過ごす時間をいいものにしたいという気持ちで過ごしていた。そして、その人たちにとっては、セックスはすっぽりと恋愛に含まれていた。安心されてしまったあとにぼんやりされたのは同じだった。
 もしくは、その人に興味があってもその人の作った料理に興味を持って食べられるとはかぎらないように、俺に興味があって、俺の話には興味があっても、俺とのセックスには興味がなかったということなのかもしれない。セックス自体への興味があまりない人だったというだけで、俺への興味の強さの問題ではなく、その人の興味の対象範囲の問題だったのかもしれない。そして、聡美にしたって、セックス自体には興味がないのだろうなと思う。そうでなければ、こんなにされるままになって、自分に主導権が来るたびに消極的にたどたどしくなるわけもないのだろうし、フェラチオが苦手なまま、中でいったことがないまま三十三歳になってしまうなんてことはなかったはずなのだ。
 無理なのだろう。聡美の中で、俺と楽しくやれていることが当たり前で簡単なことになったとき、聡美は今以上にうれしい気持ちになるのだ。やっと自分もこんなふうにお互いが無理をしなくても楽しく安らかになれるような揺るぎない関係を持つことができた。これがずっと続くようにもっと俺のことを大事にしてあげよう。そんなふうに思ってくれるのだろう。そして、聡美がそんなふうに喜んでいるとき、俺のほうは、相手から自分に向けられている視線が変わってしまっていることに怯え始めているのだ。そうなってしまったのなら、もう終わりなんじゃないかと思って、またこの人のことも深く傷付けることになるのだろうかと、怯え始めているのだ。




(続き)


(全話リンク)


この作品よりあとに書いたものなので、こちらのほうが面白いです

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