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なぜ進学校の教員は浪人を勧めないのか

私は私立高校の教員をしています。私の勤務校でもそうですし、いわゆる「自称進学校」と呼ばれる学校の先生の多くは生徒が現役で進学することを勧める傾向があります。

こうした傾向に対し、YouTubeやSNSなどで「生徒の気持ちを分かっていない」、「視野が狭い教員だから地元の国立しか知らない」、「予備校に手柄を取られたくないのだろう」といった批判が多いようです。

しかし、浪人を勧めないという理由はそういった理由からなのでしょうか。

私自身、絶対反対というわけではありませんが、選択肢があるならばあまり浪人を勧めていません。

浪人を勧めない理由について以下の三点に分けて書いていきたいと思います。

  1. 費用やコストの問題

  2. 成績向上の期待値の問題

  3. 就職などその後の進路の問題

1.費用やコストの問題

まずは、コストの問題についてです。

浪人をする場合、基本的には予備校に通うケースがほとんどだと思います。

予備校の費用が年間で100~200万円掛かると考えられます。

いや、「成績上位の僕には無料(割引)のお知らせが届いた」という人もいるでしょう。しかしあれは通期の基本料的な部分が無料(割引)になるだけです。

実際に予備校に通うと、夏や冬の講座やそれ以外の短期講座など別枠でお金がかかります。年明け以降は通常授業もないため、それらは全て追加の講座で別料金のところがほとんどです。

つまり、想像している以上にきちんとお金を払う必要が出てきます。おおよそ私立大学に1年間通うぐらいの費用が掛かると考えてよいでしょう。

また、定年退職の存在する職業の場合、浪人することは1年間就業期間が短くなることを意味します。その場合のもらうことのできない1年分の給与は年功序列で高くなった給与の1年分です。さらにそれに付随する退職金も少なくなります。

現在の地方公務員で考えると、1年間の浪人で生涯年収は700万円程度下がることが予想され、総額で1千万円弱の生涯年収の低下となります。

これに関しては、今後は定年や年功序列の賃金制度などが維持されなくなり、働き方のスタイルも変化していくため必ずしも起こるものではなくなるでしょう。

とはいえ、現役で働くことのできる1年間を「大学に入学するため」だけに使うことに価値を見出すかどうかということになります。

2.成績向上の期待値の問題

浪人すれば予備校の良質な授業、快適な自習室、高いモチベーションと成績が自然に上がると考えがちです。

しかし実際に浪人して成績が大きく向上するケースは体感で2~3割程度ではないかと感じています。5割程度はほぼ現状維持、といったところです。

一浪後、志望大学に合格した生徒の多くは、前年度に数点で落ちたケースが多く、実力が全く不足した状態で浪人したケースはデータ的にもほとんど見たことはありません。
(そうしたケースの場合、内情を聞くと不登校や大病からの復帰などそれ相応の理由がある場合が多いようです)

浪人生の半数程度は現状維持かわずかに上昇ですが、悲惨なのは成績が下がるケースです。

これは出欠管理などの緩い大手予備校などでは起きやすいのですが、生活リズムや学習習慣を定着させることができない場合に起こります。

また精神的に不安定になることもあります。SNSなどを見れば、同級生の楽しそうな姿を容易に確認できるのが現代社会です。スマホやネット環境を遮断する方法もありますが、出願や連絡などを考慮すると現実的ではありません。

いずれにしても、大きく成績を伸ばす例はそれほど多くはありません。現役のときから受験勉強に真摯に取り組んでいればいるほど、伸び率も下がる傾向が見えます。
(大きく成績を伸ばすケースの大半は難関進学校に通っていたが部活三昧で高3の秋から勉強を始めた、などの場合が多いようです)

3.就職などその後の進路の問題

卒業した大学によって生涯賃金が変化するため、より有名な難関大学に行くことは価値がある、と私たちは考えがちです。

しかし、プリンストン大学のアラン・クルーガーでの研究では否定されているようです。

ある大学に合格して実際に進学した生徒のグループと、同じく合格したがその大学に行かずに偏差値の低い大学に進学した生徒のグループのあいだで、卒業後の賃金にたいして統計学的に有意な差はなかったことがわかった。

DIAMOND ONLINE
偏差値の高い大学に行っても将来の収入が上がらないって本当?

これは『「原因と結果」の経済学』の紹介記事からです。

要は、大学の偏差値と収入には相関関係は見られるが、因果関係は無いというレポートになります。

有名大学に合格するような人は収入的にも成功をしやすい傾向があるが、有名大学に行ったことで収入が増えるものではない、ということになります。

つまり、偏差値がA大学<B大学<C大学としたとき、Cに向かって受験勉強をして力をつけた人は仮にAやBに行っても収入は高いということになります。

すなわち、浪人をしてまでC大学を目指さずとも収入に変化はない(傾向がみられる)可能性が高いということです。

これ以外にも、共通テストなどの場合、次年度も必ず同じ得点を取れるとは限らない、同じ難度とも限らない、そもそも必ず受験ができる環境や体調であるとこも限らないなど、不安要素は非常に多いのです。

また、理系の場合は大学院進学を学部と変えるといった選択をしやすいため、なおさら特定の大学にこだわるメリットが薄くなります。

最後は本人の意思

とはいえ、浪人を決断するのは最終的に本人の選択です。

また、浪人自体が経験として決してマイナスなわけではなく、浪人した経験が自分を成長させたと考える人もいます。

大学全入時代の中で、浪人をするというのは非常に勇気のある選択ではあります。

教員に反対されて浪人を躊躇をするような気持ちでは上がるはずの成績も上がらないでしょう。

そしていかに反対したとしても、教員の多くは結果として本人が納得する結果を迎えることを願っているはずです。

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