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大阪・オカダヤさん「奈良漬」ご当地グルメつけもの

「子どもが食べたら酔っぱらうさかい、アカン」
祖母がピシャリ。
むくれる、わたし。
半世紀ちょっとばかり前のこと。
奈良漬 (ならづけ) 】は、お酒のにおいがプンプン……フシギな漬けものでした。
(3863文字)



オカダヤさん

奈良漬・ウリの酒粕漬け】
懐かしい響きと、強くて甘いかおり。奈良の名前がついていますが、大阪発祥のご当地グルメ。
大阪市天王寺てんのうじ区のオカダヤさんにある「お漬けもの」のおはなしです。

オカダヤさん
大阪市天王寺区玉造元町7-3
8:30~19:30
日曜定休
玉造・日之出通商店街

もより駅は……
●JR大阪環状線・大阪メトロ(今福鶴見緑地線)
玉造たまつくり駅…徒歩約5~10分

◆これがオカダヤさんの【奈良漬】◆

1920年開店の老舗。ウリを酒粕で漬けた、手間ひまかけてつくる高級かつ、知られざる大阪のご当地漬けもの。

パッケージと奈良漬

◆今回の記事は長文です◆
なので先に画像を出しました。
お忙しいかた、興味のないかたは、ここで退室してくださいね。



つけもの生活

わたしの実家は、自営業でした。貧乏ヒマなし、生きるために祖母と両親は朝から晩まで働く。子どものわたしは透明人間……のようでした。なまえも静子ですから、さもありなん。


よくいえば、おばあちゃんっ子。
ふつうにいえば、共働き両親。
わるくいえば、ブラック町工場。
……そんな家庭環境でした。


朝は、おおきなガス炊飯器で1日分の米を炊く。わたしは小学校の給食が「ごちそう」でしたが、自営業の親・祖母には昼休みなんてない。工場の作業の合間に公設市場ですべて調達。コロッケとか煮豆とか。家での調理は、湯がく(ゆでる)だけのホウレン草のおひたし、ぐらいでした。


おかずは、あまりなかった。お漬けものだけで、ごはんを3杯食べるような食生活。
たくあん・ハクサイ・キューちゃん・かぶら・なすび……。
ごはんの友とは、よくいったもの。「つけもの」だけは、わが家の食卓にならんでいました。




祖母専用の奈良漬

こんな食生活も大正生まれの祖母がいたからです。女子は学校より奉公に出る時代。働けど、ごはん+漬けもの、そんな食事がふつう。粗食が身に染みついていたのです。

ささやかな「つけもの贅沢」。
晩年の祖母の趣味だったのかもしれない。京都の千枚漬・すぐきなど、よそ行きの漬けものを買ってきては、じぶん専用品として食べていました。


きわめつけは「あかい彗星」。
どこで買ったのか知らない漬けもの。赤と茶色が混ざった鉄のような漬けもの。彗星だから、ごくたまに見る漬けもの。とにかく酒くさい。酒がダメな父は彗星を回避した。
ニュータイプの漬けもの、
それが奈良漬でした。



奈良漬とは

チョコレートのような、ようかんのような。なんでこんなに濃い色なのか。プンプンする。子どもゴコロに「お酒くさい」漬けもの。
かたそう。鉄のスコップみたい。


祖母は水あらいをして、うすく包丁をいれる。ぺらっとして野菜らしくなった。


「これはウリ、奈良漬ならづけや。キューちゃんと違うで。」


あかい彗星、半月のウリ。洗ってもなお、酒くさい。祖母は半月のウリをさらに半分にする。


うすくてちいさい扇形になった。干してないのに、干し柿・干しリンゴのような、あまい透明感。秋の味覚のこっくりとした色。


奈良漬だけは、量産型の漬けものとちがい、祖母の食事の終わりの大トリの一枚だった。


「なんで奈良漬いうのん?」


しごくふつうの質問に祖母は答えなかった。知らないというかわりに、大事そうに、ひときれづつ。デザートのようにあじわう祖母は、激動の昭和を生きた。


わたしの奈良漬のパズルはとけないままだった。こどもの24ピースくらいの、むかしのかんたんなパズルなのに。


扇形の奈良漬をこっそりつまんだが、お酒と甘さで頭がクラクラするだけだった。パズルはバラバラと音を立ててくずれた。
これのなにが、うまいのか?




酒どころの看板に「なら漬」

奈良でもないのに奈良漬。
奈良漬のパズルは祖母が持って旅立った。下戸の父には1ピースも、もらえなかった、はめ込めなかった。


小学校の遠足で奈良に行った。
大仏さんや鹿に聞いても、わからないまま。
わたしは、おとなになり結婚。
そして奈良漬を忘れた。

阪神電車 灘五郷トレイン

大阪と神戸の間を阪神間という。阪神電車に乗る。尼崎・甲子園・西宮……。国道ぞいに酒どころなだ西宮にしのみやがある。そして五つの有名な酒蔵と、おおきなカンバンが車窓から。灘五郷なだごごうという。

「甲南漬」「なら漬」「酒粕漬」

たぶん漬けものの仲間ではないか。パンフレットを見ると権利とかの関係だろう、奈良漬とは書いてない。


漬けもののことは書いてある。酒くさいと思っていたのは、酒かすでウリや野菜を漬けていたのか……。

奈良漬のパズルが天国からふってきた。
知るパーツを再度、はめ込む。

強烈なお酒のにおい・祖母・うす切り・ウリの漬けもの・あかい彗星・漬けもの贅沢・デザート・知らない奈良漬のネーミング・酒粕・酒造会社の漬けもの

日本酒と酒粕さけかす。かす汁のかす。たしかに粕は火を入れるまえは、プンプン。アルコールがとぶと、あの独特なかおりはしない。
奈良漬は粕汁のかすより濃厚で甘いにおいだった。漬けものだから発酵するのだ。

……わたしのひとり娘は、小学生の高学年になった。もうネットもあり、すぐに調べることはできたのだが、いろいろ放置。オットはビールは飲むが日本酒は飲まず。
奈良漬のパズルは完成せず、うやむやになった。


さんぽ道のオカダヤさん

玉造・日之出商店街。アーケードは雨風しのげる。きょうも元気だ。さんぽにいそしむ、わたし。マゴができ、わたしは祖母になった。元号は令和、月日の経つのは、とてもはやいものだ。

玉造・日之出通商店街

おおきなお菓子屋さんがある。
進物用のチョコレートやカステラ。よそ行きの箱におさまり、うれしそう。

オカダヤさん。これはめずらしい字体。モダンなカンバン文字にさそわれて。
モーニングをやってる。また、さそわれて。

愛想のよい小柄な老婦人がいた。ママさんだろう。三角巾とエプロン姿で注文を取りにきた。


「おばあちゃん……!」


うっかり声が出るところだった。
なぜか、家の工場で働いていた祖母に似ている。

ゆっくりとコーヒーとトーストがやってきた。だれもいない店内。向こうの壁に目をやる。雑誌の切りぬきのようだ。なにかの記事だ。

玉造は……奈良漬の故郷……。

わたしはコーヒーカップをテーブルに置いて、記事を見に行った。



奈良漬の記事がある

壁の記事。なんと「奈良漬」誕生は、オカダヤさんだったのだ!

雑誌『大阪人』2010年3月号
タイトル・奈良漬の衝撃。

ちいさいので記事を引用します。

文久年間(1861~64)ミナミの高津で創業。今の国立文楽劇場の数軒隣です。道頓堀の大和橋のたもとで、荷受け屋を営んでいました。酒どころの灘五郷から船で運ばれた酒粕を漬け物屋に卸す。
明治に入って、自分の店で奈良漬を漬け始め、近辺の大和屋などの料亭でお出しすると美味しいとの評判に。

『大阪人』奈良漬の衝撃。より
店主・岡田安弘さんインタビュー
名だたる博覧会で連続受賞

たしかに製品がならんでいます。
はじめて見る「奈良漬」のパッケージ。ママさんに聞いてみた。ほんとうに、奈良漬の製造販売元?

「うちは分家やけどね」


分家でも本家でも、なんでもいい。灘五郷の酒粕で奈良漬を。知りたいことが記事にあった。
最初は、灘漬 (ナダ漬け・なだ漬け)の名前。話しにくいので「奈良漬」に改名したそうだ。奈良県とは関係がなかったのだ。


奈良漬のつくりかたも、書いてありました。

「完成するまでに、2年越しの手間暇がかかるからです。酒粕を7度取り替えてじっくり漬けていく。瓜の奥がまだ白ければ、酔いが足りない。逆に漬けすぎると、へなへなと倒れ込み、パリっとした食感が消えてしまう。全体が飴色に照り輝き、ふわっと酔いそうな酒の香りがたちのぼり、口に入れるとサクサク!最良の状態になるまで気が抜けません。」

『大阪人』奈良漬の衝撃。より引用


奈良漬 岡田屋謹製


しあわせがウリ

オカダヤさんの奈良漬。このなんとも、スッキリしたモダンな包装紙。自信のあらわれだ。
図書館で『大阪人』2010年3月号を借りる。そして記念撮影。

創業者 岡田藤七さんの「ト」
「味醂特製」
奈良漬のウリが大きいのがわかる

かたい透明セロファンを開けると同時に、奈良漬のかおりがたちのぼる。浦島太郎の玉手箱のように。

あれだけお酒くさいにおいは半世紀を経て味醂の甘い香りになっていた。なぜだろう玉手箱は、さかさまイカサマ。


祖母はウリを洗って酒粕を流していた。酒粕がお味噌になっている。ちょっと味見……うまい!
これはキュウリにつけたり、ごはんの友になる。
もったいないので、おいておく。

このチョコレートのような、ようかんのような。濃厚なウリをうすく切る。

サクサク。つやつや。
このすがたに、酔うのは
子どもじゃなくて、おとなじゃないのか?

ねっとり
しあわせに発酵したウリ。
いまなら。
祖母が たいせつに 食べていたもの。

奈良漬のパーツはパリパリ音をたてて
記憶の枠にはまった。


「子どもが食べたら酔っぱらうさかい、アカン」

ピシャリ!


奈良漬のパズルが完成した瞬間だった。



【引用文献】
『大阪人』2010年3月号
(財)大阪市都市工学情報センター刊

毎週日曜日は
「自由テーマの日」

いつも こころに うるおいを
 水分補給も わすれずに


さいごまでお読みくださり
ありがとうございます。


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