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なんでもない一日

心をなくしていた。 ふと思い立ち、川まで散歩をした。 小一時間。 初めての道を通り、初めましてのお店でドーナツを買い、初めて目にする景色にワクワクが止まらない。 ゾロ目のナンバーに3回出会った。富士山ナンバーの777に、2222、8888。 土手は、おしっこ臭かった。 それでも、陽の光を受けた川面はキラキラ輝き、まばゆいばかり。その美しさに気圧され、思わず息を呑む。 水面の鳥が動くと、波紋もキラキラ輝く。 階段に座り、そんな風景を飽きることなく眺めていたら、か

固い殻

その日を境に、彼女はクラスから姿を消した。 親は兄に高望みをしすぎた。 長男でもあり、反抗期もなく従順だった兄に期待を寄せすぎていた。兄は、公立の受験に失敗した。私立に通うことになり、両親ともに体に問題を抱える我が家の家計は火の車だったのだろう。私の高校受験は、兄の犠牲になった。 偏差値を無理やり下げさせられ、望んでもいない高校を受験させられた。泣いて何度も頼んだ。行きたい高校に合格するんだと勉強に励み、手応えを感じていた矢先のことだった。 15で、自分の思いだけではど

身軽なでぶ

「身軽なでぶ」と呼ばれている人がいた。 正反対の意味をかけ合わせた言葉は、新鮮な響きと破壊力を持ち、学生でまだまだ世界が狭かった私に、大きな衝撃を与えた。 一見、ネガティブに捉えられがちな言葉も、枕詞を変えるだけで、こんなにもポジティブになる。 それまでの固定観念を変えてくれた。 そして、そこには確かな信頼関係があった。 相手をリスペクトする心、当人も身軽に動けるという自負の心。 はたから見るとコンプレックスと捉えられることを、コンプレックスではなく、強みに変えていた

傷を負った戦士

また、あの記憶が蘇る。 なんの前触れもなく突然やってきては私を苦しめ、気力を奪う。 深く傷つけ、深く傷つけられた記憶。 生々しさは薄れても、まだ痛みは消えない。 蓋をしてもフタをしても、忘れるな、忘れてはいけない、と溢れてくる。 「逃げていいんだよ」 誰かの言っていた言葉。 逃げた記憶と、どんな結果であれ戦い抜いた記憶、どちらが苦しみから救ってくれるのだろう。 私は、器用に生きられない。いつでも正面からぶつかってしまう。 それが、自分を傷つける事になると分かっ

透明な言葉

深い深い海の中。 シャボン玉のような透明で厚い膜で体は守られ、深海をゆらゆらと一人たゆたっている。私に音が届かない。 そんな錯覚に私は陥る。 言葉が次々に私の体をすり抜ける。 するりするり。 捕まえようと手を伸ばしても、掴めない。 つるりと逃げる。 精一杯手を伸ばしても、触れることはない。言葉らしきものの音の残響だけが、私の身体にまとわりつく。 目の前にいる人は私と同じ言語を使っているはずなのに、その言葉は意味をもたない。口をぱくぱく動かして、なにか音を発している。

今日は泣く

結論を出さないといけない。 どうしたいのか、どうすればいいのか、私は分かっている。心では、もう決めている。でも、行動できずにずるずるズルズル。口から次々に出てくる言葉が言い訳だということ、そんなことは自分が一番分かっている。今の環境のせいにして、現実から逃げていることも。 どうして、こんなに涙が止まらないのだろう。 次から次へと涙がこぼれ落ちる。 この涙は、悲しみの涙なのだろうか。 不甲斐ない自分への悔し涙なのだろうか。 癒えることのない傷が、忘れないでと言っているのだろ

私たちは人形じゃない、人間だ

ある人は言った。 「みんなの未来に責任を持ちたいから、講座申込者全員と面接をします。その上で、受講者を決定します。少数精鋭でいきます」 「最低月に一回はオンラインで講座を開き、受講生みんなに参加していただきます。受講生全員がプロとして活躍できるよう最後まで責任を持ちます」 ある人たちは、何も言わなかった。 誰でもウエルカム。 未来に責任は持たない。 彼らは、ただただ自分たちの儲けが増えることを喜んでいた。 想像以上の人から申し込みがあったと、歓喜していた。 いつ撮ったのか

竹になりたい

私は、強くてもろい。 まるで、デッサン用の木炭のようだと思った。 縦からの衝撃には、そこそこ耐性があるが、横からの衝撃には弱い。 呆気ないほど簡単に、ポキリと折れてしまう。 私は、強くあらなければならない。 強い私を求められている。 だから、弱い自分を認めることができず、強い自分を演じてきた。 だが、実は弱い。 ガラスのハートだ。 でも、ずっと見ないフリをしてきた。 フリが得意になり、いつしかフリをしている事にも気づかなくなっていた。 ポキリと折れた時の衝撃は、相当

ロマンチックはほどほどに

男の人は、ロマンチストで面倒くさい。 今日、元カレの夢を見た。 夢は不思議で、時々困らせる。夢での気持ちを、ひきずってしまう事がある。現実ではないのに。 彼と結婚するんだろうと、なんとなく思っていた。8年は長すぎた春だったのか、お互いが結婚したいと思う時期が見事なまでに噛み合わなかった。 最後は涙もなく、さらっと終わった。 彼ほど、私の事を大切にしてくれた人はいない。少しキザで、ロマンチスト。 夜景の見えるレストランやバー、誕生日には100本のバラの花束。サプライ