透明な言葉
深い深い海の中。
シャボン玉のような透明で厚い膜で体は守られ、深海をゆらゆらと一人たゆたっている。私に音が届かない。
そんな錯覚に私は陥る。
言葉が次々に私の体をすり抜ける。
するりするり。
捕まえようと手を伸ばしても、掴めない。
つるりと逃げる。
精一杯手を伸ばしても、触れることはない。言葉らしきものの音の残響だけが、私の身体にまとわりつく。
目の前にいる人は私と同じ言語を使っているはずなのに、その言葉は意味をもたない。口をぱくぱく動かして、なにか音を発している。理解しようと、口元を必死で見つめる。そして、どんな些細な音も逃すまいと耳に集中する。だが、どんなに頑張っても言葉として実を結ばない、ただの音でしかない。
その人は、ぽかんとする私の顔を見て、さらに丁寧に言葉を紡ぐ。難易度の上がった音の羅列。
私は申し訳なさでいっぱいになる。これほど私のために言葉を尽くしてくれているのに、私には届かない。どの言葉も呪文のよう。ところどころ伝わる言葉の切れ端を継ぎ足して、なんとか理解しようと努める。
そして私は、顔をもっともらしくしかつめらして、分かったふりをする。私に伝えたいという思いと、私のために割いてくれた時間に応えるために。
最後まで、言葉は音のままだった。
だが音に変わった言葉は、何重にも私の体をそっと包み込んでいた。
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