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生死




『災難に逢う時節には 災難に逢うがよく候
死ぬ時節には 死ぬがよく候
是はこれ 災難をのがるゝ妙法にて候』



三条の大地震の際に、良寛が知人へと宛てた手紙の一文

今回のような災害が起きると
度々、取り沙汰される詞だ


子供達と手毬をついて遊ぶ
優しい姿が伝えられている良寛さん

なのにどうしてこんな突き放すような 
慈愛の感じられない詞を残しているのかと
戸惑ってもしまうけれど ........


『ながらへんことや思いしかくばかり
変わり果てぬる世とは知らずて

かくかくに 止まらぬものは涙なり
人の見る目も忍ぶばかりに』


そう、伝えられているのもまた
良寛の詞である


何が真実で
何が答えかなんて
凡夫の私などには解りようもないけれど

無明の闇へと呑み込まれぬよう
御法の灯火を支えに、生きていこうと思う


『この生死はすなわち仏の御いのちなり


これをいとひすてんとすれば

すなわち仏の御いのちをうしなわんとするなり

これにとどまりて生死に著すれば
これも仏のいのちをうしなうなり

仏のありさまをとどむるなり



いとうことなく

したうことなき

このときはじめて仏のこころにいる



ただし

心をもてはかることなかれ

ことばをもていうことなかれ




ただわが身をも心をもはなちわすれて

佛のいへになげいれて 

佛のかたよりおこなはれて 

これにしたがひもてゆくとき

ちからをもいれず

こころをもつひやさずして

生死をはなれ 佛となる』


正法眼蔵「生死」とリンクしたとき
良寛の手紙の真意が
私の胸にコトリと収まった

この世は、無常だ

されど、その厳然たる真理のもとにあって
ともに泣いてくださるのも 紛れもなく仏なのである






東日本大震災が起きてひと月後くらいに
ブログに書いた記事です。


あの震災から今年で13年が経ちますが
やはり思い出すのは辛いものがあります。
実際、今回の震災の報道を目にして
体調を崩された方も多いと聞いています。
傷は思った以上に深いものなのだと思います。


被災している方々は今なお大変お辛い思いをされて、暗闇の中に放り込まれたような日々を送られている事でしょう。

それでもこれから、たくさんの応援の手が差し伸べられていくことと思います。
どうか心折れずにいてほしいと願います。



暗闇を抜け出し少しずつ日常を取り戻されていく中、様々な事も目にしていくようになると思います。
救いになる事も、心荒む事も。
新たな出会いも、背を向ける人達も多いことでしょう。


それでもいつかきっと、色を無くした今の状況は終わり、鮮やかな色彩の日常が戻ってきます。
それを信じていてほしいと切に祈ります。



復興まで路半ばの東北でも
今こそ恩返しをするぞと動き始めました。


あの時、励まし力を貸してくださったあなたに
この思いが届いてくれますように。







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