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母の介護 そして別れ

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#在宅介護

眉間のしわ

眉間のしわ

認知症の母は

時々眉間にしわを寄せ
口を一文字にして
うつむき加減に
難しそうな
寂しそうな
困ったような顔をすることがあった

認知症の母のそんな表情は
深刻さを感じさせるものではなく
まるで小さな子供が何かに悩んでいるようで

母が眉間にしわを寄せているのにか気がつくと
あらあらまたこの顔をしてるなと思いながら
時々、どうしたの?と
尋ねてみることもあったが

私がたずねても
母は何も言わず

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ごはん一杯

ごはん一杯

認知症で要介護の母に
スプーンでごはんを口の中に入れ
次の一口をスプーンで口の前に差し出しても
口を開けてくれるまで
何分もかかることが多くなってきた

私があーん、と
口を開けて言いながら
母の口元に軽くスプーンをあてて
口を空けるよう促しても
1ミリも口を開けてくれない

仕方なく数分時間をおいて
スプーンを口の前に差し出して
やっと望んだとおりに
口をあけて食べてくれると

私は心の中で思わ

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母の空気

母の空気

グループホームで
母が椅子に座っていると
そこだけ
ゆったりとした時間が流れているようだと

母の誕生日に
母が通うグループホームの職員の方が
メッセージを書いてくれた事があるが

認知症が進んで
段々と反応が薄くなり
私が仕事から帰っても
母は無言で
お帰りとも言わず
時には無防備な寝顔のままでも

母がそこにいるだけで
何とも言えない
安心感があった

要介護5になっても
自分の意思で考えるこ

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真夜中の戦士

真夜中の戦士

母を起こすことから始まる
いつもの朝

母が寝ている部屋の襖を開けると
目に入ってきた母のベッドの景色が
いつもと何か違っている

一体何が起こったのか?
すぐには理解できない光景が飛び込んできて
一瞬とまどったが

しかし
ほんの数秒で状況を把握して
その途端
私は慌ててベッドに駆け寄った

母は、介護用ベッドの
転倒予防の鉄柵の間の狭い隙間から

頭をだらんと下に垂らし
その垂れた頭の下の床は

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ちょこんと

ちょこんと


小柄な母が
玄関の上がり框に
幼子のように
ちょこんと
大人しく腰掛けている姿を見て

自宅に車で迎えに来てくれた
デイケアの新しい職員の方が
思わず「かわいい」とつぶやいた

昼間に
グループホームで
ショートステイ中の母の
様子を見に出かけると

ちょこんと
椅子に埋もれるように座って
テレビを見ている
母の横顔がみえた

とある夜
家の中で転んで入院した母のもとへ
着替えや日用品を持って

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行く日ですか

行く日ですか

朝、母を起こしに行くと
「今日は行く日ですか?」と
デイケアに行く日かどうか
尋ねてくることが多かった

認知症が進んできた母は
時々自分がどこにいるのか

さらに
自分が誰なのかも
分からなくなることもあったが

デイケアと認識していなくても
どこかに出かけるか出かけないかは
分かっていたらしく

デイケアに行く日には
私が母に
朝食を食べさせ
おむつを取り替えて
洋服を着替えさせて
玄関まで手

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夜中のトントン

夜中のトントン

夜中に「トントン」と
私の部屋のドアを
微かにたたく音が聞こえた気がした

気のせいかと思ってまどろんでいると
また微かに「トントン」と
ドアをたたく音が聞こえる

もしかしてと思ってドアを開けると
寝間着姿の母が立っている

その頃の母は
足元がおぼつかず
昼間でも机や家具を頼りにしながら
家の中を歩いていたが

夜中に
電気の消えた家の中を
1階の自分の寝室から
階段をのぼって
3階の私の部屋

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むすめがかえてきますように

むすめがかえてきますように

母の通ったグループホームで
ある年の七夕の日に
母が震えるような字で
書いた短冊に
「むすめがかえて(帰って?)きますように」
と書かれていた

母は、一度目の結婚で
生まれて1年も経たない我が子をおいて
家を出されて

2度目の結婚で生まれた私は
幼少時に交通事故で
生死の間をさまようような重傷を負い

奇跡的に助かった娘が
成人して一人暮らしをしたいからと
家を出ていった時には
母が泣いていた

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はじまり

はじまり

このまま家でも診ていけそうだ

母が老健から一時退所して
一定期間が過ぎたら
戻る予定で

老健の職員の方からも
「またね」といって
送り出してもらったが

家に帰ってくると
老健に入所する前より
足腰もしっかりして

人に頼らず何でも
自分からしようとするようになっていた

老健に面会に行くと
母は歩行器で歩かされていたし

心身ともに老健で
だいぶ鍛えられたなと思った

当然のことながら母は

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