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【小説】 超能力ノート (1)


「日本には多くの超能力者がいる」

 有名私立大学で物理学を教えている中条教授が書いた『日本の超能力者』の内容は驚くべきもので、日本国内に住む超能力者の存在について、これまで存在したどの文献にも見られないほど具体的に記されていた。そのことがインフルエンサーたちによってSNSで紹介されると、大きな反響を呼んだ。

 教授は物理学者として活動するかたわら、35年前に超心理学研究所を設立し、超能力者たちと接触していた。不思議な力を持つ子供が、心労で窶れた両親に連れられて来る場面に遭遇したことは何度もある。そのたびに教授は根気よく子供と対話し、実験を行い、力をコントロールするための忠告を与え、信頼を得ていた。

 本の序文にはこう書かれている。
「日本には多くの超能力者がいる。私は35年かけて日本国内にいる超能力者のことを密かに調査し、様々な実験を行い、記録をとった。被験者は2500人以上、記録帳は先日ちょうど300冊に達した」

 もっとも、被験者全員の能力が「超能力」として評価されたわけではない。異常なほど勘が鋭いことや霊感が強いことを超能力とみなしてよいのか。ある程度の時間をかけて相手を不幸にしたり病死させたりする呪術も、因果関係に疑問が残るのではないか。その辺は厳しく吟味され、ふるいにかけられた。科学的なテストをクリアしていること、そして明らかに人知を超えたレベルにあること。この2つの条件を満たした超能力者は200人弱だった。

 該当者を能力別に分けると、次のようになる。

 テレパシー【念話】 37名
 サイコキネシス【念動力】 11名
 テレキネシス【借力】 4名
 サイコメトリー【念視】 13名
 レビテーション【空中浮揚】 1名
 プレコグニション【未来予知】 25名
 クレヤボヤンス【透視】 7名
 リモートビューイング【遠隔視】 4名
 パイロキネシス【発火能力】 4名
 ドミネーション【人心略取】 3名
 テレポーテーション【瞬間移動】 0名
 タイムトラベル【時間移動】 0名
 クロノキネシス【時間操作】 0名
 その他 79名

 複数の能力を持つ者は、複合能力者として括られている。

 テレパシー+サイコメトリー 5名
 テレパシー+サイコメトリー+未来予知 3名

 本の中には、これらの人々のプロフィール(氏名、生年月日、出身地は除く)が記されている。能力の種類、実験日、被験時の年齢(年齢3歳階級別に区分)、性別、家族構成、持病・遺伝病の有無、幼少期の思い出、能力覚醒のきっかけ、能力の強度、能力を使う前の状態、能力を使った後の状態、普段の生活サイクル、共鳴できる思想、最近気になる話題、食べ物の好き嫌い、趣味、癖、不満、将来の計画など記録内容は細かい。彼らの出身地については、「九州・沖縄地方、東北地方、中国地方、四国地方の順に多い」と書くにとどめていた。

 「その他」のカテゴリーに属するのは、主に聴覚や嗅覚など五感が発達している者である。該当者はいずれも犬のビーグル並みに高い能力を示したが、大半は20代前半で死亡した。教授が出会った最高齢の超能力者は、サイコメトリーを使う四国在住の温和な女性で、5年前に88歳で亡くなった。性格の傾向としては、テレパシー、サイコメトリー、プレコグニションを使う者は内向的で危険を好まず、サイコキネシス、テレキネシス、パイロキネシス、ドミネーションを使う者は攻撃的になりがちだという。

 テレポーテーションとタイムトラベルとクロノキネシスについては、研究所が把握する限り、該当者はいなかった。20年ほど前、東北地方で10代の少年がテレポートしたという情報を得たこともあったが、調査に駆けつけた時には衰弱死していた。ただ、今も全国のどこかにはこれらの能力を持つ者がいるだろう。教授は、自分が出会った日本の超能力者の人数は、全体の数割程度と推測していた。

 今年で64歳になる物理学の権威が超能力研究の成果をまとめた理由は、端的に言うと、超能力者が身近な存在であることを伝え、超能力者と非超能力者の平和的な共生を促すためである。日本に限らず、超能力者とはほぼ例外なく日陰者であり、迫害される立場にある。政府の機関によって実験台にされ、ミイラのようになるまで生気を奪われた例もある。彼らにとって堂々と生活できる場所、その能力を活用できる仕事を与えれば、未来に向けて社会を発展させる大きな力となり得るのに、気持ち悪い生物として差別し、異常者のように扱い、死なせてしまうのは大きな損失にほかならない。

 彼らは大体において大人になるにつれて強い力を身につける(成長と共に力を失う例もある)。しかし、その力が建設的な事柄に向けられることは滅多にない。それは当然の成り行きだろう。居場所がなく、異常者とみなされている人間の中に増殖するのは負の感情なのだから。その感情が能力の発動に直結するとき、彼らは己の人格を崩壊させ、秩序を破壊する。差別せずに仲間として受け入れ、思いやりをもって接すれば、そんな悲劇は起こらない。どうか偏見を持たず、理解してほしい、というのが教授の主張であった。

(続く)

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