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これまでの人生で最も心をゆさぶられた一冊

[本・レビュー] ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯


"知識こそ力―不要な時などない。本を読もう"
人種差別と闘い、黒人の地位向上のために、「黒人が書いた、黒人についての本」だけを扱う「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」を営んだルイス・ミショーの生涯。
彼の人生は人種に関係なく多くの人々を魅了し、死してなお、多くの人々の心を強く揺さぶる。


 これまで「おススメする一冊」を挙げろといわれると、特定の一冊が浮かび上がりませんでした。人生の転機となった「キャンベルの生物学」。小説をめったに読まない私の心に響いた「アルジャーノンに花束を」。本屋を開くきっかけとなった「これからの本屋読本」。
 これら三つが私の人生を変えたという意味も含め、ベスト3でしたが、これからは一冊を挙げろといわれれば本書を挙げようと思います。

 最近、「想像の共同体」「なぜ歴史を学ぶのか」で、読書の大切さ、勉強の大切さをさらに痛感するようになりました。
 そんな中で、ルイスさんほど「読書の大切さを人生を通して体現した人はいないのではないか」と思わされました。

 白人に搾取される不平等な世の中に反抗し、盗みやギャンブルに手を染めていた若かりし頃のルイス。
 信心深い母のひいきともいえる溺愛を受けて、後に7つの教会をたてて神の教会のカリスマ的創始者とまで呼ばれるようになった兄のライトフット。

 海産物業者だった父親ジョン・ヘンリーは、ルイスの素行の悪さは「頭のよさ」「人種問題への信念」に基づくものであることを理解し、ルイスを高く評価していました。

 通常、このように一見対照的な兄弟は、お互いを理解できずにいがみ合うものですが、ルイスとライトフットは、心の底でお互いを認め合い、その人生が絶妙に交差します。

 ルイスの人生がうまくいかず、まさに反社会的行為に手を染めてもおかしくない時に、ライトフットは自分の事業を手伝わせるべくルイスを呼び寄せます。ルイスの経歴は決してきれいなものではありません。しかしながら、擁護不可能なほどの悪事に手をそめずにすんだのは兄の存在によるところが多いと感じました。

 ルイスが書店を開くきっかけとなったのも、元はライトフットが「全米黒人地位向上記念事業」と呼ばれる農業事業のために開設した事務所がきっかけでした。

 事業がうまくいかず、ライトフットが閉めようとした事務所を利用して本屋を始めたのです。

 本書を読むと、ルイスが本屋を開くその原体験となっているのは、幼き頃に父親が読んでいたマーカス・ガーヴィー(ジャマイカ生まれの黒人活動家。アメリカで黒人の権利を主張した先駆者)が発行していた「二グロ・ワールド(黒人新聞)」ならびに、父親との会話だったように感じられました。

 折に触れ、ルイスは人生に困った時に、父親を思い出す様子が描かれています。

 既存の態勢に、ルイスと違って真っ向から対立せず、神父としての立場から、黒人の地位向上に努めた兄のライトフットも並みならぬ業績をあげられています。

 "ミショー長老(ライトフットのこと)は、フランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領の友人であり、また政治的協力者でもあった。大統領は、大恐慌時代における、黒人を対象としたミショー長老の慈善活動を高く評価していた。また、J・エドガー・フーヴァーFBI長官やハリー・S
・トルーマン大統領とも親交が深く、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は、ミショー長老のワシントン協会の名誉執事だった。"

 当時は今以上に人種差別が横行する中、このような政府の白人高官とのパイプを作ることは容易ではなかったと思われます。

 知識のないこれまでの私には、人種差別運動のリーダーというとマーチンルーサーキングJr.程度しか想起できませんでしたが、本書を読むと数多くのリーダーが存在し、多くの方々にとってルイスの本屋は政治的にも文化的にも非常に重要であったことがわかります。

 この兄弟がいなかったら、ひょっとすると黒人の方々の人権運動は現在ほどの進展は見せていなかったのかもしれません。そして、父親であるジョン・ヘンリ―なくして、この兄弟はこれほどの人物には成長しなかったと思えてなりません。

 ルイスも、ライトフットも、多くの黒人の方々のヒーローであった・であることは間違いないと思いますが、お二人のヒーローは父親であるジョン・ヘンリ―だったのではないでしょうか。

 人々から教授(プロフェッサー)と呼ばれていたルイスですが、彼は大学を卒業していませんでした。

 後に妻となるベティが、ルイスとの思い出を回顧して次のような記載があります。

"店でだれかがルイスのことを「教授」と呼んでいたので、どこの大学を出ているんですか、ときいてみました。するとルイスは、かまえることなく、正規の教育はあまり受けていないんだ、と言うではありませんか。正直で悪びれない答え方はすがすがしいほどでした。ルイスは学位こそもっていませんが、知性にあふれています。多くの点で、わたしの知っている高等教育を受けた男たちより、よっぽど思慮深い人です。はじめは、この人が大学へ行っていたら、どれほどすばらしい人になっていただろうか、と思いました。でも、大学へ行っていたら、こういう人にはなっていなかったでしょう。ルイス・ミショーという人は、学識を鼻にかけた人たちの指導や指図を受けず、読書と経験という学校で学んだのです。そして、自分なりの道を選び、独自の解釈を生み出し、この人ならではの結論を導いてきたのです。だからこそ、うわべをとりつくろうことなく、ありのままでいられるのでしょう。"

 そして大学に行かず、黒人のための書店を作ったルイスの次のような言葉が記載されています。

"「いわゆる二グロ」が大学へ行ったとしても、白人たちのことを学んだ印としての学位はもらえるが、それは自分たちについて学んだ証ではないのは明らかだ。大学で黒人が自分たちについて学べるのは、奴隷制度のことだけだ。奴隷制度は、1人の人間の過去ではない。それは人種全体にとっての不幸だ。黒人は自分たちの人種の尊厳について知る必要がある。そして、そういう知識を学ぼうと思えば、自分で学ぶほかない。
 知識は、仲間の黒人たちの頭や心の中にある。また、わたしが読んできた本の中にある。黒人は、そういう本の存在を知らなければならない。そして、それを読む必要がある。フレデリック・ダグラスが感じた希望と怒りと決意を、われわれも感じ、理解する必要があるのだ。ダグラスがそれを感じたのは、若いころから抱いていた疑問、白人はいかにして黒人を奴隷にできたのか、という謎がようやく解けた時のことだった。その日、まだ奴隷だったダグラスは、自分の主人が夫人にむかってこう言うのを聞いた。「学問は世界でもっともいい黒人をだめにする。黒人に読み書きを教えたら、いい奴隷にはならない」
 ダグラスはこの時、ことの本質を理解し、読み書きを習いはじめた。彼は近ごろの大方の黒人より頭がよかったのだろう。まだ、字が読めないうちから、こんなことを考えたのだから。そして読めるようになっても、ダグラスはそこで止まらなかった。ほかの奴隷たちにも、こっそり読み書きを教え始めた"

今日の日本の学校教育について考えさせられる一節です。内実を伴わない、上辺や肩書だけの教育は何の役にも立ちません。

 本書では、ラングストン・ヒューズの『夢の番人』をふくめ、ところどころで詩や言葉が差し込まれています。 

 私はこれまで、詩の良さが理解できませんでした。

 本書では、何気ない一節が不思議と心にしみわたりました。

 おかれた心の状況と、詩にふくまれた言葉の力がリンクする時、これほど心をゆさぶられるものだとは思いもしませんでした。

 本書はルイスの弟であるノリスの子孫にあたるヴォーンダ・ミショー・ネルソンさんが入念な調査のもと、一部想像も含みながら執筆されたと解説されています。

 かなり美化されている部分はあるのかもしれません。しかしながら、そんなことは気にせず、一家族がもたらした、そして死してなお人々の心を魅了し続ける偉大な業績を是非、一度ご堪能していただければと思います。

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