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ワタクシの事を書いてみるNote~就職編~

前回は学生の頃までを書いたので今回はその後のお仕事(アメリカと東京でのお話)をざっくりと

就職

実はアメリカで最初の就職をしています。アメリカ中西部にある日系の自動車部品メーカーです。入社したときはすごく小さな会社で、親にもそんな会社でいいのか?と言われたりもしました。だけど、ワタクシはそこが良かった。

会社は小さいし、作っているものも小さいし、給料は良くもなく悪くもなく、でした。休みだってそんな多くない。だけど他に決め手がありました。

その決め手は、今から伸びる感じがしたし、今はちょぼちょぼの給料かもしれないけれど、小さい会社だから様々な仕事をこなし、色々経験ができる、と考えたからです。さらに、その経験は後々大きな武器として役に立つだろう、と先のことも考えたからです。

なによりも、その時の上司がしっかりしていたので、この人から色々学ぼう、とおもって入ったところもあります。もちろんしっかり仕事をしてアウトプットもだしてきました。

最初の会社では良くも悪くも多くの事を学んでしまい、いい面も悪い面ももらってしまった感じがしています(苦笑)

ちなみにその会社はワタクシが在籍していた数年で大きな工場に移転。小さいものを作る大きな会社になりました。

転職1

アメリカに長くいすぎた、と感じたのは10年目。

そろそろ帰って日本という、しってるけど知らない国に戻ろうか、とおもっていたら、リーマンショックが起こってしまいました。転職活動はアメリカから日本への転職ということもあいまって難航。

そんな中、運良く東京のある会社に転職できました。でも、ちょっと窮屈な感じのする会社でもあったのでそんなに長い期間在籍せず、すぐ転職することに。


転職2

その次に入ったところは大手コンサルティングファーム。多くのコンサルファームが多分そうですが、「自分のことは自分で考えて決める」という裁量の大きい会社でした。

いわゆる自分の何が売りなのかをしっかり把握しておかないと仕事にならないところでした。自分のことは自分で考えてやる。できていそうで、できないことに気付く事になりました。案外と指示待ちだったり指示されることが多かったんだな、と過去を振り返る事が多かった時期でもあります。自律しないとなぁ、と思った次第です。

一方でコンサルタントの方たちは仕事をいかに効率的にかつ品質高くこなすか、ということに長けていました。周りがいわゆる「できる人」ばっかりだったからその時期に仕事の仕方や進め方、マインドの持ち方、何よりも考え方をしっかり身につけた、と思います。

コンサルにいた頃に「考える」ってこういうことなんだ!と分かってきました。それまで「考えているようで実は考えてない」仕事の仕方をしていたなぁ、なんて振り返る事が多かったです。

ある意味このコンサル経験というのは大きなパラダイムシフトでもありました。なるほど、「コンサルっちゅぅのはこうなんだな」と思った次第です。

帰ろっかな、って

そうこうしているうちに仙台に戻ろうかな、と。
いろいろ渡り歩いてきたけど、やっぱり地元に戻りたいなぁ、なんて思い始めたころでした。
またそれは次回


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