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短編

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2016年8月の記事一覧

言葉

        

ピコン、寂れた部屋の中に音が響く。小さな部屋の中に、音が響く。そいつの周りには本が山積みになっている。著者は沢山、夏目漱石、森鴎外、太宰治、梶井基次郎、種類も豊富に小説、エッセイ、雑誌、資料、中には印刷したものも、ウィキペディア、個人ブログ、山積みになっている。ピコン、また音がした。かまってちゃんが音を鳴らす。物書きは構わず指を動かしていく。安物の椅子がギシギシ音をたてる。頭の

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阿吽

どれ、一つ本を捲って読んでみようか、いや、朗読するのも素晴らしいかもしれない、む、いや待てよ、もしかしたら私はひどく素晴らしいことをしでかすのではないか、言ってみれば、そう、みすぼらしい美しさを見た梶井基次郎が丸善で積み上げた画本の城に紡錘形の檸檬置いたように、さわやかな香り立つ、そして回りとの世界がズレてしまったようなアンバランスかつ構造的にはなんとも言えぬ、ところで電車の中で本を読み上げるのは

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つらつら

  

ゆらゆら揺れる糸の先、釣り針がポチャリと音をたて、水の中に入り込めば、するりと奥へ奥へと餌と共に沈んでいく。水面に波紋が広がって、その中心には赤と黒とで色付けされた浮きが、ぷかりと浮いている。音と餌と水の動きに反応したか、警戒を強めた鮒は、逃げるように逃げていった。その浮きのとなりに、緑と黄色で色付けされた浮きがある。糸と糸が絡まぬように、距離を開けて。

「なあ、

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夕日と影

「やあ、お嬢さん、ふふ、君は随分と寂しそうだ、だあれもいない公園の中、たった一人で可哀相なほど錆びたブランコをギリギリ鳴らして揺れている。それに、よっぽど空に浮かぶ夕日のほうが、表情豊かじゃないか。ふふふ。比べて君はそこらに転がるちっぽけな小石だ。」

「いきなりなに?貴方は誰?黒いもやもやした影みたいに気持ち悪い。」

「私?私はね、黒い靄の影みたいに気持ちの悪い私は、そう、魔法使い、何でもでき

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やってやったぜ畜生め

やってやったぜ畜生め

その日、一人の少年が死んだ。一ヶ月もすれば十六歳になるという少年だ。それは私だったのかもしれない。私という一人の人間は何を思ったか、口に三日月を貼り付けて死んだのだ。一つの小さなマンションである。古びたそれは、エレベーターなどのたいそうなものは載っけていない。あるのは階段だけ。夜になると点灯する照明は、電球が切れかかっているのか、チカチカと点滅している。表と裏に

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