やってやったぜ畜生め

      やってやったぜ畜生め

その日、一人の少年が死んだ。一ヶ月もすれば十六歳になるという少年だ。それは私だったのかもしれない。私という一人の人間は何を思ったか、口に三日月を貼り付けて死んだのだ。一つの小さなマンションである。古びたそれは、エレベーターなどのたいそうなものは載っけていない。あるのは階段だけ。夜になると点灯する照明は、電球が切れかかっているのか、チカチカと点滅している。表と裏にある、二つの階段の内、裏、駐車場に面している方の階段で、少年は底なし沼の中に身を投げた。身を投げた次にやってきたのは、ヌルヌルとした気持ち悪い感触だ。だが少年、私か?どっちだったか、どうでもいいが、そう、そいつが感じたことを言うと、何故そんなことが分かるのか、少年は死んでしまっているというのに。やはり少年は私なのか?だったらこれを語る私は誰だ?誰かが私を騙っているのか?だとしたら恐ろしい事だ。誰だ、誰が私を騙っているのだ。いや、今はなしにしよう。誰が騙ろうが構わない。少年の思ったことだったか、ぬめりとした感触を肌で感じて、かれは、やった、自由だ!肩の荷が降りた、そう思ったのだ。勿論、身体の何処かで痛みを訴える奴がいたが、そんな奴は首根っこ掴んで放り投げてやった。今頃奴め、投げられた痛みと少年の痛みを二つ背負って、メソメソ泣いている違いないだろうさ。可哀想とは思わんね、痛みを訴えるそいつが悪いのさ。無粋なやつだよ全く。少年は後頭部を陥没させて、目、鼻、口、耳、そんなとこからも赤黒いものを流し出している。体の中の警備隊が、そんな体の状況に修理をしようかどうか考えたが、この身体の主が喜んでいるのだ、それを邪魔するものは野暮ってもんだ、欠伸一つして眠ってしまった。こういう奴の方が正しいのだ。マニュアル通りにしか動けない痛みって奴は屑だった。何時も何時も小言ばかり自らが正しいと信じきっていて、傲慢で偽善者だ。そうだ、続きだ、痛みの話なんてものはどうでもいいのだ。少年、私、いやそいつは、駐車場に面した裏の鉄で組み立てられた簡素な階段、三階建てのマンション一番上まで上って行くのさ。足が奏でる音がそいつにとってそいつを称えた賛美歌のように聞こえた。ああ、素晴らしい、君は勇者だ、どうぞどうぞその足を止めないでくれ、そのまま進んでくれ、天井がない階段のむき出しになっている鉄骨の上によじ登り立って下を見つめた。黒いコンクリートが見つめ返してくる。やあ、私に飛び込むのかい、そいつぁ楽しいな。ほら、こいよ、受け止めてやる。そう言って、ぐっと体を広げて受け止める体勢になった。そいつは、有難うと呟くと、自由の象徴によく使われる鳥のように、両腕を広げはためかせる。上空でそれを見ていた鳥が感嘆の意を示した。ヒュー!あいつを見てみろよ、人間なのに人間に見えねぇ、あいつは誰だ、まるで美しい鳥のようじゃないか。そして空を飛ぶ美しい鳥は、一つ、二つ、糞を落とした。それを受け止めたコンクリートが、くそ!と言った。そいつは体を空中にまかせて、その体にどうしようもないような幸福感が支配した。ヒャッホーイ!雄叫びを上げて、コンクリートが直ぐそこまで迫っていた。コンクリートを見飽きたそいつはちらりと空へ向いた。くすんだ空に灰色の太陽が、そいつを見つめてニコニコしている。そいつは何故だかそれが気に入らないで、唾を吐いてあった。ぺちゃ、唾をぶつけられた太陽は、しかめっ面して、何だってんだ!姿を隠してしまった。そいつは喜んで、ざまぁみろと叫んでやった。グチャリ、頭が凹んで、体の骨がアチラコチラで鳴り響く。やった、自由だ!そいつはもう声が出ないから心の中で言ってやる。周りの全てが彼を称えた。君は凄い、自由だ!何ということだ、君は自由になることが出来たのか、ブラボー!そいつは深淵の底に身を埋めて、一つだけ心の中で固まって残った異物に聞いた。なあ、自由ってなんだい。その問には深淵が答えた。さてね。

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