夕日と影

「やあ、お嬢さん、ふふ、君は随分と寂しそうだ、だあれもいない公園の中、たった一人で可哀相なほど錆びたブランコをギリギリ鳴らして揺れている。それに、よっぽど空に浮かぶ夕日のほうが、表情豊かじゃないか。ふふふ。比べて君はそこらに転がるちっぽけな小石だ。」

「いきなりなに?貴方は誰?黒いもやもやした影みたいに気持ち悪い。」

「私?私はね、黒い靄の影みたいに気持ちの悪い私は、そう、魔法使い、何でもできちゃう世界で唯一人の、魔法使い、魔の、法を、持つもの。」

「馬鹿みたい、貴方頭がおかしいの?」

「頭がオカシイといえばオカシイのさ、僕の何処に頭があるのかわからないがね」

「ねぇ、どいてよ、夕日が見えないじゃない。」

「あゝ、すまないすまない、今、どこう。」

「何で私の隣に来るの?」

「君に、私が魔法使いだと理解してもらいたいからさ。」

「ふぅん、警察に通報されたいの?」

「そんなわけじゃあない、だけど、君に理解してもらうには魔法を使ってもらったほうが一番早い。さあ、何をしてもらいたい?なんでも言ってご覧?叶えてあげよう。」

「お生憎様、なんにもないわ。」

「え?何も?」

「何も。」

「なんでもいいのに、お菓子の家を作るでも、きれいな宝石を作るでも、何でも。」

「いらないわ、何にも。」

「……お嬢さん、君夕日が好きなんだろう?」

「ええ、それがなに?」

「ならこの夕陽を永遠にしたっていい!何なら虹色の夕陽だって創りだしてもいいんだ!」

「……あなたって馬鹿ね。」

「そうかな。必死に魔法使いらしく何処かぶっ飛んだ役を演じようとしてるんだがね。」

「一日この時間、この場所に見える夕陽が、何時だって美しいの。何時だって会える夕陽なんてそんなのそれこそ石ころじゃない。それがわからないなんて、貴方ってよっぽど馬鹿なのね。」

「そっか、それは、また。私には理解の行かない事柄だ。全く分からない。長生きしすぎたかな。」

「どんなに長生きのおじいちゃんだって、夕日の美しさくらいわかるわ。」

「ふむ、なるほど。なら、これならどうだろう。」

「……貴方って私と同じくらいの年だったのかしら。」

「そういうわけじゃないよ。形なんて、どうにでもなんだ、魔法使いだからね。」

「ふぅん。で、その手はなあに?」

「友達、ならないかい?寂しいお嬢さんのお友達。」

「あら、一人ぼっちの魔法使いのお友達、じゃあないの?」

「それも、まぁ、なきにしもあらずっってとこかな。」

「それなら、別にいいわよ、なってあげても。」

「そいつは重畳、良い選択だよ。」

「だって貴方って捨てられた子犬みたいなんだもの。」

「君って結構言うよね。ま、いいさ。ほら、握手をしようよ。」

「……これで満足かしら?」

「夕陽の美しさには論じてくれないのかい?」

「ここに通い続けたら、わかるようになるわよ。」

「そうかな。」

「そうよ。」

「ちょっと明日が楽しみになったかも。」

「私はちょっと嫌になったかも。」

「いうねぇ。」

「いうわよ。」

「お詫びに一つ、飴玉でもどうだい?」

「何があるのかしら。」

「なんでも。」

「じゃあブルーハワイ。」

「どうぞ。」

「ほんとにあるのね。」

「そりゃあ、君の横にいるのは偉大な……。」

「魔法使いでしょ?」

「その通り。」

「もう帰るわ。」

「もう帰るのかい?」

「だって日はもう落ちたもの。貴方の姿も見えないわ。」

「なるほど、じゃあ、もうお開きか。」

「あなた、明日来るの?」

「もちろん、夕陽を見にね。」

「なら、また明日。」

「さようなら、お嬢さん。」

「さようなら、魔法使いさん。」

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