ヘンリー君の火の輪くぐり 【詩・ファンタジー】
ブリキのオルガンを踏み鳴らせば
素っ頓狂な電子音
場末の小劇場で
金曜日だけ開幕するカーニバル
インチキ臭い見せ物だけれど
一度観たらやみつきになる
洞窟めいた通路を下っていけば
あっと驚く地下世界
三人の魔女が奇声を上げて
舞台狭しと飛び跳ねていた
そこにいたいけな少女がひとり
うずくまって泣いている
魔女たちは鬨の声をあげ
捕まえ 引きずりまわし
ぐつぐつ煮えたつ鍋に放り込む
観客たちは憤然とし
あるいは嗚咽を上げている
次の週は吸血コウモリが
舞台狭しと飛び交っていた
女優の頸に噛みつき
甘い血を吸いはじめて顔面蒼白
奥の間では悪魔たちが晩餐の最中
血のドリンクを煽り
ほやほやのソーセージ噛み砕く至福の時間
コウモリたちは飽き足りなくて
客席に向かって飛んでくる
逃げようと思ったって出口なし
阿鼻叫喚も見せ物のうちだ
ところで本日は八月二十五日
馬のヘンリー君が登場する
二ヶ月に一回だけのお出ましだが
当劇場で唯一の人気俳優だ
その勇壮な立髪の魅力
誰もが息を呑む美しさ
この日は街中で笛やアコーディオンが鳴り
ピエロがワルツに合わせて踊っている
運動神経のいいカンガルーはぐるんぐるん
空中ブランコあまた舞う空
子どもたちは興奮して窓を割りまくる
すると突然
四次元の隙間から現れたヘンリー君
大歓声の中
観客の皆さまにご挨拶
耀くばかりのその御姿
舞台はあまりにも狭すぎる
黄金の立髪逆立てて
ヒヒンヒヒンと雄叫びを上げて
観客の皆さまにご挨拶
飛びまわって火の輪をくぐり宙返り
飛びまわって火の輪をくぐり宙返り
あ 立髪に火がついた
ヘンリー君の雄叫び激しく
舞台はあまりに狭すぎる
耀くばかりのその御姿
ついに市中に飛び出した
露天商を蹴散らし
大道芸を吹っ飛ばし
地響きを立てて
ヘンリー君の立髪に火がついた
教会の鐘が激しく鳴って
ついでに消防署の鐘も鳴って
非常事態 非常事態
ヘンリー君は炎の立髪振り上げて
市民の皆さん大興奮
放火魔ヘンリー君に大興奮
走りまわって 走りまわって
オルガン弾きが調子に乗って
鍛冶屋さんも皮なめし屋さんも驚いて
ヘンリー君は走りまわって
街を燃やして 夢を燃やして
ライオン銀行のドア蹴破って
紳士淑女は悲鳴をあげて
子どもたちは大喜びでヨダレ流して
洗濯板や金物鳴らして調子に乗って
ヘンリー君も調子に乗って
全身火の玉ヘンリー君の狂い咲き
役所燃やして 教会燃やして
金庫燃やして 夢を燃やして
国家偉人のサド公爵もオーマイガ
街は一夜で灰になる
燃えさかるヘンリー君は
教会の尖塔に立ち
天に向かって雄叫び
もうもうと燃えさかる街を尻目に
ついに飛び立つこの日この時
地上の罪を贖って
恨みつらみを一身に背負い
天に帰るときが来た
さようなら ヘンリー君
もう会えないね ヘンリー君
この世に思い出あまた残して
笑いと涙いっぱい残して
アンドロメダ星雲に飛んでいきました
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