続・保活惨敗とコロナ禍と私
死闘とも呼べるゼロからの保活再開の末、ようやく子どもの預け先を見つけた。
季節は春へと移ろわんとしていた。
(前回までのエピソードはこちら)
コロナウイルス関連のニュースが連日メディアを騒がす。
ウイルスは今や114の国と地域に広がり、世界の感染者は10万人を超えた(※ 2020年3月中旬時点)。
WHOがパンデミックを宣言した。
そして4月7日、日本国内における緊急事態宣言が発令された。
そのころ私は、職場復帰の日程について勤務先と調整をしていた。緊急事態宣言の発令にともない、元々4月に予定されていた復職は、延期せざるを得なくなった。
当時の私達は、ひと月も過ぎれば事態も収拾しはじめるだろうなどと、まだ何となく甘い見通しを持っていた。
復職日は一旦、ゴールデンウィーク明けに延期された。
5月。
この間まで長袖に腕を通していたかと思えば、半袖でも汗ばむ陽気が続く。
季節の変わり目はあっという間で、しかも突然訪れる。
緊急事態宣言が功を奏してか、新規感染者数は下降の一途をたどっていた。復職のきざしが見えはじめたかに思えた。
しかし、問題は意外なところにあった。当然だが、緊急事態宣言以降、保育園がずっと閉鎖しているのだ。死闘の末に預け先が見つかったはいいものの、結局子どもを預けることができないのである。
ゴールデンウィーク明けに延期された復職日は、さらに5月末に復帰された。
そして、しまいには実質無期限で延長された。
私は次第に焦りを感じはじめていた。
このまま状況が改善しなかったら、一体どうなるのだろうか。
会社に戻れなくなったら?
まさか、こんなことで仕事を失うなんてこと、あるのだろうか?
5月末、緊急事態宣言が解除。
息子が在籍する保育園では、インフラや金融など公共性の高い職業に就いている家庭から、段階的に受け入れを開始しはじめた。それ以外の家庭に関しては、まだ発表がない。
連日報道される新規感染者数は、爆発的に増えもしないが、相変わらず低調に推移しつづけている。
先の見えない状況に、私は焦りを強めた。
実は私は5月から無収入者になっていた。
保育園は見つかったものの、コロナウイルスの影響で結局職場に戻れず、二度目の育休延長をした。しかし、居住する区が東京23区で唯一コロナによる育休延長を認めない方針をとったため、私の育休延長はハローワーク側で「自己都合」と見なされた。これにより、育児休業給付金の受給がストップしてしまったのである。
復職のあてもなく、収入もなく、かといって専業主婦としてのキャリアがあるわけでもない。突然、ただの「プータロー」同然になってしまった。
自分自身の運命と、未来とが、重くのしかかる。
風前の灯のような自分のキャリアを前に、悶々と己に問い続ける日々がはじまる。
転職活動をすべきか、それとも踏みとどまるべきか?
仕事を辞めざるを得なくなったら? フリーランスになる? 自分にそんな技量があるだろうか?
それとも、腹を括って家庭に入るか? でも今更、自分に専業主婦としてどのような価値が発揮できるだろうか。
それに、心の奥底でまるで燃え尽きかけた木炭のようにくすぶっている、この人生の目標は……。
自分は一生働いていくのだと、当たり前のように思っていた。このご時世、一生同じ会社で働いていけると思っていたわけではない。それでも、活字やメディアに関わる世界のどこかで、黒子として底辺から活字文化を下支えしているという小さな自負を糧に、ささやかな食い扶持を稼いでいくのだと思っていた。
しかし今や、そんな日々は揺らごうとしている。当たり前の日常。それが初めて揺らいだ時、自分の中のむき出しの気持ちが、殻を破って表出してきた。
自分は、働きたい。
社会から必要とされる自分であり続けたい。
そしてできれば、自分が愛する言葉や学びの世界と、どのような形であれつながりを持ち続けていたい。
コーヒーの渦のようにグルグルとうずまく脳内を抱え、ひとまず転職活動のようなものを始めてみた。
十年ほど手つかずのまま放置していた職務経歴書を引っ張り出し、手を加える。
無料のキャリアセミナーに申込みをしてみる。
転職サイトに登録してみる。
突然電話がかかってくる。
何の用意もなく、唐突にキャリアカウンセラーとの電話面談が始まり、メールで十数件の求人情報が間髪入れず寄せられてくる。
二月以来、常にフル回転で疲弊しきった脳にムチを打ち、一つ一つの求人に目を通す。
上滑りしていく求人票の文字を追いながら、己に問う。
じゃあ、自分は具体的にどんなことがしたいのか。
この人生をどのように生きたいのか。
家族にとっては何が最良の選択肢か。
人生の舵が、自分の腕からすり抜けていく。
再び頭をもたげてきた胃痛をなだめすかし、連日連夜、死に物狂いで考える。
ある日、一社からとてもよい条件のオファーを頂いた。
しかし、あまりにも素晴らしい会社だったことで、逆に心がかき乱され、苦しくなった。
結局オファーは断ってしまった。
他にも面接のお誘いなどちらほら頂いた。
しかし、それらも結局、すべてお断りしてしまった。
自分が蒔いた種とはいえ、収拾のつかない状況になっていた。
******
そんな混乱の渦中にあった、ある日のことだった。
ある声が突然、私の耳元でささやいた。
「お前は何をそんなに絶望しているのか?」
私は心の声に耳をそばだてた。
「退職の危機を迎えたくらいで、お前は何をそんなに嘆いているのか?」
退職を余儀なくされたとして、行き先がなくなるようなら、どのみちこの世知辛い世の中を渡り歩いていくことなど、到底できないのではないか。
コロナウイルスが悪いのでなく、ハローワークが悪いのでもなく、結局、自分に社会で通用していくスキルが足りないだけなんじゃないのか?
私はそれについて静かに考えてみた。
よし、と奮い立った。
それならば。
「人生の軌道修正プランを立てよう」
人生を立て直すための、新たな闘いがはじまった。
<続く>
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