【思文】堤防と黒猫と木偶の坊
【堤防】自然の力を受け止め、 人の営みを守る寡黙な存在。
夜釣りに行ったある日。
友達といつもと違うポイントへ遠出した。
そこは外海に面している堤防がある漁港だった。
距離でいうと数百Mぐらいだと思う。
現地集合だったので、先に着いた僕は一人で堤防の先端まで歩く。
その日は月が綺麗な夜だった。
海の水面がキラキラと輝いている。
ふと気づいた。
左側は波が荒れ狂う外海。
右側は穏やかな波が広がる内海。
そこを真っ二つに割ってまっすぐ伸びる堤防。
まるでモーゼが海を割ったという
神話のような景色が広がっていた。
大袈裟かもしれないが僕にはそう思えた。
そして、堤防の先端部分では、
なぜか小さな黒猫が一匹だけ居た。
おそらく釣り人からのエサを食べて生きつないでいるのだろう。
ライトに照らされた黒猫の瞳が怪しく輝く。
その時、ふと思う。
この堤防はなぜ作られたのだろうか。
答えはシンプルだ。
「波をただ止める場所。」
つまり波止場だ。
これだけ外海からの激しい波が漁港に直撃すると大変だろう。
台風がきた日にはもっと悲惨だ。
あれ、ちょっと待て。
こんだけデカくて長い堤防や巨大なテトラポットは、
ただ波を止めるだけに存在しているのか。
そこで僕は急に感動した。
この動画を聞いている人は驚くだろう、
どこに感動するポイントがあるんだよと。
僕もその時驚いてた。
なんだったら、今ですら驚いている。
この巨大な堤防は
ただただ、外海からくる波を止めるためだけに作られた。
ちっぽけな人間には止められない
大いなる自然の力から、人の営みを守るためだけにだ。
それだけのために巨大な堤防が作られる。
漁港やほとんどの建物は、
その建物自体なにかしらの営利目的でつくられていると思う。
商売をするとか、効率良く作業ができるようにとか、
素敵な空間でリラックスできるようになどなど。
つまり、なにかしらのメリットが生まれるように設計されていると思う。
だが、堤防はただ波を止める場所として作られる。
大量の資材と労力と時間をかけてだ。
建設に関わった方々にも
勝手ながら心の底からリスペクトを送りたい。
僕はそこにとてもいじらしさを感じた。
海のお仕事をしている方々以外は、
堤防のありがたさを感じることはないだろう。
ただただ、いつの間にかそこにあるだけの存在だ。
いつの間にかそこには黒猫が住み着いている。
でも、その恩恵は計り知れない。
寡黙に不器用に人々の営みを守る。
まるで、宮沢賢治の「アメニモマケズ」にある
木偶の坊のようではないだろうか。
ちなみに日々の恩恵を
一番もらっているのは黒猫じゃないかと思う。
まったくクレバーなやつだ。
訳のわからない展開になっている気もするが、
僕が勝手に感動した理由を少しでもご理解いただけると幸いだ。
僕もそんな存在になりたいものだ。
今夜も堤防では黒猫の瞳が怪しく輝いている。
【追伸】
最高な釣りポイントとして
大変お世話になっております。
本当にありがとう。
ヒャッハー!!むしろ、ボクがあなたのサポーターになりたい!!>< まだまだ力足らずのボクなので、今後ともよろしくお願いいたします!mm