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思考の糧【2023.10.26】

忘れちゃったけど何かのきっかけで目に入ったんですよね。


「自由に使えるお金」という部分について。
確かに大きな額を稼ごうとするのもいいですが、その分生活を維持するためのことに沢山コストがかかっていたら「自由に使えるお金」は必然的に減ってしまうのでしょう。
なので生活コストを避けようとしたり、必要のない支出を減らすなどして「自由に使えるお金」を確保することが大事なのかもしれません。

同時に「自由に使える時間」も関係ありそうですね。
お金のために沢山働いて結局それを使う時間が無いとかだと本末転倒。バランスですね。

お金の出口(どのように使いたいか)というものを先に明確にできることで、ではその実現のためにどうやってお金の入り口(どのようにお金を手に入れるか)をデザインするかというものがハッキリしてくるかもなと思いました。


今日の夜は社会学部2年生の導生聚。
自分たちのクラスの担当教授とのご飯会です。
毎学期ごとに一回この機会が設けられています。
昨年はクラス全体を集めてという感じだったのですが、今回は小さな人数の単位でという感じでした。教授によって違うのかもしれません。
それでいうと1人1人を気にかけられるような感じの規模で、しっかりと向き合ってくれている感じが素敵だと感じました。

ふと他の学部もこのようなシステムはあるのだろうかと気になりました。


今回僕の班の教授は、以前先輩も素敵な方と言っていた方です。生きることや学問への姿勢に感服です。そしてその優しい雰囲気と人当たりの良さ。更には「若い」んです。こんな人になりたいと思うし、どこかで血が繋がっていたいと思うほどには好きです。
今年度のうちに沢山学びたいです。


話はご飯の時間に戻って、やっぱり初めの方に沈黙の時間はありました。おそらく教授ということで台湾人のクラスメイトも緊張だったり、ためらいみたいな感情が少しはあったのではないかなと感じました。
そんな中、僕はちょうど先輩から教授についての話を伺っていたのもあって聞いてみたいことを準備していたので、緊張しつつ勢いで質問してみました。そうすると答えが返ってきて、その答えに対して周りの人が広げる、みたいなことを繰り返していたらいつの間にか場が温まっていて、店員さんの「もう少しで閉まりますよ」のお知らせで2時間ほど経っていたことに気がつきました。
 
こういう時に「日本人」というここでは大多数と異なる特殊身分の持つ力を感じるかもしれません。空気と読んで、分からない感じで空気を読まない選択をする、みたいな貢献の仕方もあるのかもしれないなと感じました。
 
そんな中印象に残っている会話が、長い時間を生き、社会学という学問を担っている教授でさえ、先のことで迷ったり・分からなくなったりするということです。 
これを聞いて、不安なことを不安がらなくて良いのかもなと思いました。


その導生聚の解散後、お仕事でちょうど台中に来ていると連絡を下さった方に会いに行きました。
とりあえず目的地方向に進むことは分かる、と適当に乗ったバスでしたが、何と目的地ほぼジャストに泊まるバス停がありました。ついてる。

思ったよりもいい感じの場所を見つけてしまった。Googleマップにハートが+1。
柚子ソーダが予想よりも美味しかったです。

話をしていく中でハッとしたのは自分の夢について。たいそうなものとか社会的地位など野心的なものではなくてもよくて、こういう生活したいとかでいいのかなと思いました。
夢は何ですか?と言われて、いつから自分はそれを自分が見定められているようだと感じるようになってしまったのだろう?

「僕は暇でありたい。」


また別の会話で自分は甘えたことを言っているのかもしれないと思うのと同時に、ふと思い出した伊坂幸太郎の『砂漠』という小説。

「賢い奴はね,先のことを考えすぎるんですよ。馬鹿になればいいんですよ。たとえば…目の前で子どもが泣いているとしますよね。銃で誰かに打たれそうだとしますよね。その時に,正義とは何だろう,とか考えてどうするんですか?助けちゃえばいいんですよ。」

『砂漠』

こちら参考にしました。


その方とのお話も終わり、帰路につきました。
不安もあるけれど頑張ろうと思ったのでした。


人生で最大の不幸は、この人生の意味が分からないまま終わることである。

その教授のシラバスの1番上にあった言葉


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