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年間2000件の調査依頼に応えるプロは、なぜ最初にググらないのか?

 調査をする時、量・質ともに十分とは言えないにも関わらず、少しの探索で打ち切ってしまったり、断片的な情報だけで満足してしまっていないでしょうか。盲目的にとりあえずグーグル検索をして時間ばかりかかってしまった経験はないでしょうか。
 調査の迷路に迷わず、正しい情報に辿り着き、最適な意思決定につなげる優れた調査は、ちょっとした「お作法」を身に着けるだけで実現することができます。 

◆それは調査とは言えません。

 ビジネスの場面で、大小さまざまな調査が行われています。次のような調査を経験したり、調査の場面を目にした事はないでしょうか。

 Aさんは、上司から「自動運転車の市場について調べてくれ」と言われました。Aさんは、早速「自動運転車」という単語を直接、Google検索。上位にリストアップされるWikipediaや自動運転についてのまとめサイトから、「自動運転車とは〇〇のことである」、「自動運転の沿革」、「自動運転技術の最近の動向」、「自動運転市場の展望」について、まとまっている情報を抜き書きしてレポーティングしました。

 Bさんは、ストレスチェックを行うアプリ開発の企画書を作っています。アプリの機能など商品概要を説明するページは作成しましたが、先輩から販売する市場について調べる必要があるとアドバイスを受けました。インターネット検索をして、数十のサイトを閲覧。目の疲れもピークに達したところで「十分調べたな」と自分に言い聞かせて、市場の「規模」や「過去からの推移」、各社が「力を入れている商品」、インフルエンサーが紹介してアプリについて、数ページにまとめました。

 どちらも一見、正しい調査をしているように見えます。しかし、どれも間違いです。

 Aさんの調査は、ネットのWikipediaなどのWeb百科事典や、まとめサイトから情報を手っ取り早く取得しました。Wikipediaは、記事に間違いがあれば閲覧者が修正できる仕組みがあるため、一定の品質を保っていますが、誤った内容で上書きされてしまうケースも少なくありません。あまり閲覧されていないテーマの場合、間違った内容が放置されていることもあります。後者のまとめサイトは、広告収入や自社商材への誘導を目的に作られています。作者が正しい知識をもっていないにもかかわらず、ネットで調べた情報で記事を書いているケースもあるようです。

 Bさんの調査も、「ストレスチェック」に関して思いつくワードをネットで検索し、様々なサイトを忍耐強く閲覧することで、知識の蓄積は進みました。ただ、インターネットには市場や業界の実態を表す情報は多くは存在しません。なぜなら広告目的で作成されることがほとんどであるため、情報が都合よく捻じ曲げられている可能性があることを忘れてはなりません。メーカー各社の注力商品やインフルエンサーが推している商品は「売りたい商品」であり、ユーザーが本当に「欲しい商品」とは言えません。

 Aさんはネットに頼りすぎており、Bさんは「やみくも」にネット検索をしている例です。最初からグーグル検索をしてみて、準備なく調査を進めてしまうと、このような「ネット検索のワナ」にはまってしまいます。プロは当然心得ていますが、一般の方はあまり注意が払われていないのが現実です。

 このような「ネット検索のワナ」にはまった「やみくも」な調査、「やったつもり」の調査は、間違った結論や行動に導くものであり、大変危険です。やらないほうがマシと言っても過言ではありません。役に立たない調査をしないためには、どうしたら良いのでしょうか。

 それは、いきなり調査に取り掛かるのではなく、調査に取り組む前のお作法である「正しい準備」が必要となります。では、どのような準備をすれば良いのでしょう。

 なお、本稿で述べるお作法が必要な調査は、なんらかの重要な意思決定が必要な場面です。言葉の意味を調べるような「ライトな調査」までは、必ずしも必要ではないことは予めお伝えさせていただきます。

◆調査の出発点を定める

 調査を実施しようとするとき、調査の前の企画や準備のプロセスがとても重要です。端的に言えば、調査の出発点を定めるということです。

 調査の出発点は、課題・背景・目的の3つの明確化です。最初の「課題」は、調査結果を利用する人や組織を主体として、取り組むべき重要な事柄、取り組むに当たっての関心事、取り組みにおいて解決したい事柄です。先のストレスチェックアプリの調査の例では、会社が新しい商品を扱うこと、その商品サービスが顧客に受け入れられるどうか、商品が業績に貢献できるどうか、等が課題と言えます。

 次の「背景」は、主体である人や組織の課題の背後にある事実であり、置かれた状況や取り巻く環境を指します。
例えば、以下のような背景が考えられます。

  • 厚労省が50人以上の事業所にストレスチェックを義務化、市場拡大が期待できる

  • PCやスマホの普及によりWeb回答が可能になり、アプリケーション開発ができる企業の参入が可能

  • 医療等の資格は不要

  • 自社の成長が鈍化しており、新たな収益源を模索している

  • ヘルスケア全体の市場は拡大しており、知見を得ることで新しい展開も期待できる

 背景知識は、調査者だけでなく、調査依頼者や同僚などが持つ情報を集めると良いでしょう。基礎知識が全くない場合は、文献を調べるますが、実際の調査の前に時間を要することはできないため、新聞や雑誌などの信頼あるメディアの閲覧によって、公知の事実の取得にとどめましょう。

 課題と背景について明確になったら、最後に調査の目的を設定します。課題の解決に向けて調査結果を何に使うのか、調査に期待する役割は何か、調査を行った上で何を目指すのか、などの調査の目的について考えます。目的の例としては、「市場の魅力と競争環境を把握し、参入可能性を探るとともに、顧客のニーズを把握し、競争優位となる要素を知ることで、参入可否を判断するために調査を行う」等が考えられるでしょう。

 課題や背景は複雑な原因や複数の結果が絡み合っているものであり、漠然と調査を実施すると、途中で混乱や迷走をしてしまいます。課題・背景・目的を整理することで、現状の姿や今起きている現象を捉えることができ、調べるべきことが明確かつ具体的になります。なお、調査の出発点は当然、調査を行う前の段階であり、必ずしも情報や現状認識が正確でなくて構いません。

◆調査の問いをたてる

 現状課題や調査の目的が明確化されたら、調査で「何を明らかにすべきか」という調査の問い(リサーチクエスチョン)をたてます。リサーチクエスチョンは「〇〇はどうなっているのか?」や「なぜ〇〇なのか?」という問いかけで考えます。

例えば、以下のような問いかけです。

  • 市場規模はどれくらい?

  • 市場は成長している?

  • 競争は激化している?

  • 多くのユーザーに支持されている商品は?

  • アプリに必要な機能は何?

  • 競合に勝つために差別化できそうなことは何?

 リサーチクエスチョンの検討にあたっては、より細かい粒度まで深堀をしておくと、的確な調査のための調査設計がスムーズに進みやすくなります。「〇〇を知ることで判断や行動が起こせるか」という、アクションにつながる問いにまでブレークダウンして考えることが望ましいでしょう。

 例えば、競合商品が支持されているのは、全ての層の消費者か、ある特定の消費者か。それが選択されている要素として、機能性か、品質か、デザインか、または手厚いサービスなのか、といった具体的な問いに掘り下げていくと良いでしょう。具体的であるほど、調査結果から的確な戦術や改善策を打てるようになります。

◆問いへの暫定的な答えを考える

 リサーチクエスチョンを設定したら、問いに対する暫定的な答えを考えます。「きっと、こうではないか」という予想や見立てを行います。これを「仮説」と言います。「その答えは多分〇〇である」、「△△なほど○○だ」と、仮に△△や○○を思い浮かべることです。

ストレスチェックの例としては、以下のようになるでしょう。

  • 事業所統計10万社×単価100万円で1,000億円市場

  • 義務化のため採用企業は毎年増えているはず

  • 寡占状況はおきていないのではないか

  • アプリに必要な機能はフィードバック、なりすまし等セキュリティ対策

  • 差別化として、退職の可能性のある社員を発見できる機能

 調査したい事柄の仮の答え(仮説)を想定しておき、調査によって正しいと判明すれば、リサーチクエスチョンへの答えとなります。最短ルートで調査を行うことができるため、大変効率的です。例えば、競合の強みを探る調査をする場合、商品や営業、生産など、あらゆる要素を網羅的に調査するには膨大な時間を要します。他社にない商品が多いとしたら、「マーケティングや研究開発に人や資金を投入しているのではないか」という仮説をたて、決算書や人員配置など、焦点を絞って調査をする方が断然効率的です。

 仮説が正しくないと判明することも少なくありません。これは、想定していなかった事実を手にしたことになり、むしろ大変価値ある情報と言えるでしょう。問題に対して誰も思いつかなかった解決への重要な手がかりとなることもあります。

 例として、機能性の高さが競争優位性を発揮するのではないかという仮説に対して、支持されている商品の多くが、高機能であるよりも、シンプルでわかりやすく、デザイン性が高いものでした。利用者の求めている潜在的ニーズは、当初想定してたものと異なっていた、という重要な示唆が得られたことになります。

◆調査を企画する

 調査目的を明確化し、リサーチクエスチョンと仮説の設定までできたら、いよいよ調査を実施するための企画を立案します。調査の企画は、①調査の項目化、②調査方法の選定、③調査対象の選定、④集めたデータの集計・分析・報告書仕様の設計、⑤スケジュールへの落とし込みとリソースの割当、で構成され、それぞれ検討します。
以下では、ネットを利用したデスクトップ調査だけでなく、アンケート調査までを実施する場合の調査企画の手順を説明します。

①調査項目化

 リサーチクエスチョンと仮説設定を踏まえて、調査において「何を知りたいのか」「何を聞くのか」という項目を網羅的に列挙していきます。調査項目には仮説の検証に必要な項目を漏れなく含めます。項目化においては、どのような分析や報告を行うのかという観点から遡って項目を検討することが重要です。

調査項目の例
リサーチクエスチョンと仮説に基づいて具体的に調査する項目を列挙する
具体的であるほど調査を実施しやすくなる

 調査項目のうち、有識者や企業、利用者などに直接聞かなければわからない内容がでてきます。その場合は、調査項目からさらに質問項目を作成する必要が出てきます。相手が答えやすいように質問文の形で表現することが求められます。聞き方の注意点については下記のnoteで説明していますので参考にしてみてください。

②調査方法の選定

 項目化された内容を「どのように調べるのか」を検討し選択を行います。インターネット検索を含む文献調査(デスクトップ調査)、関係者や有識者へのヒアリング、アンケート調査が代表的なものです。アンケート調査は、郵送形式、インターネットパネル調査、Web回答調査、電話調査、訪問調査などが挙げられます。

 調査方法によって、得られる情報の質や量がある程度限定されるため、十分に吟味して選定する必要があります。例えば、電話調査は特定のキーマンに直接聞くことができますが、10問以上の質問をすると回答者の負担が大きいために辞退されやすく、必要な回答者数を確保することが難しくなります。

 調査方法の基本的な知識が学べるnoteを作成しています。方法ごとに注意すべき点も説明していますので、参考にしていただけたらと思います。

 文献調査(デスクトップ調査)は、それのみで完結する場合もありますが、どんな調査でも必ず行われます。アンケート調査では項目化、ヒアリングでは取材項目の作成など、事前知識が必要となります。検索テクニックや情報源についてまとめたnoteがありますので参考になさってください。

③調査対象の選定

 聞くことや調査の方法が決まっても、知らない人や答えられない人に聞いてしまっては必要な情報は得られません。「誰に聞くべきか」という調査対象を決める必要があります。

 ヒアリングであればどのような属性の人物か、アンケート調査であればどういった母集団とするか、母集団からどのように標本を抽出するか、回答結果から母集団を推計するために標本は何件含まれている必要があるかなどを決めていきます。実際には、前項の調査方法と調査対象は密接に影響するため、並行して検討を行います。

 調査の対象について、ヒアリングやアンケートにフォーカスして説明したnoteも用意しています。

④分析・報告書仕様の設計

 せっかく集めた材料もうまく調理し魅力的に盛り付けをしなければ食べてもらえないのと同様に、調査で集めた情報を整理し、データであれば集計して解釈できるように分析し、その結果をわかりやすいレポートとしてまとめなければ、調査の価値は半減します。どのように利用するかを見据えて報告書の仕様が決まり、どのように集計・分析するかを見据えて調査項目や対象が決まってきます。

⑤スケジュールへの落とし込みとリソース配分

 成果物の完成から、レポーティング、集計、入力、回収、発送、Web回答画面作成、調査準備と、逆算してスケジュールを引きます。お盆や年末年始など、一般的に長期の休暇がある場合は、調査対象者に調査票が手元に届かない、紛失するといったことが少なくないため、前後は余裕をもったスケジュール設定が必要です。また担当する人材や、調査に使用する機材・設備などは輻輳することがないように予め確保し、スケジュールを抑えておくことが肝要です。

◆終わりに

 調査のプロは、調査目的を明確化し、リサーチクエスチョンと仮説の設定をしたうえで、調査を実施するための企画を立案します。これについて、上司や経営層など、調査結果を利用する人と合意ができたうえで、調査の実施に入るのです。 

 随分と面倒なプロセスが必要だなとお思いになったかもしれません。しかし、調査を進めていく中で、いくつもの壁に直面します。そんな時でも、このプロセスを経ておけば、ブレなく立ち止まることなく、原点に立ち返ることができ、スムーズに調査を進めることができるのです。

 リサーチの準備プロセスのフレームワークとして使って頂ける「リサーチ企画シート」を用意しました。枠内に記入することで、調査のプロの思考で企画書を作ることが出来ます。

特典:リサーチ企画シート

最後までお読みいただきありがとうございました。

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