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我々の偉大な旅路 第2章 深圳 ~後編~

↑ こちらのシリーズの続きです

↑深圳中編はこちら


尋票之旅切符を探す旅


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 食事を終え、地下街へと戻ると時刻は午後3時半に迫っていた。夕方には広州についているはずだったが、深センをまだ出ていないどころか、交通手段すら確保していない。深圳から広州へ向かう最短ルートは最短距離で結ぶ高速鉄道で、30分ほどで広州に着く。高速鉄道の他に普通の鉄道も走っているが、それでも2時間弱で着くので、夕方まで深圳にいても夕食の時間には広州に着いている算段だ。とりあえず、地下鉄で華強路フアチャンルーから鉄道の発着する深圳東駅を目指すことにした。

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 地図アプリで調べてみると、羅湖ルオフーから華強路に来た時とは違う地下鉄駅で深圳東へと向かうのがいいらしい。華強路の北に位置する華新フアシン駅は現在いる地下街からすぐの場所にあった。華新駅の改札へと向かう通路には深圳の街の発展の様子が展示してあった。40年前の改革開放以降、急速な発展を遂げ、隣接する香港と肩を並べるほどの世界的大都市となった深圳の歴史は浅いが目を見張るものがあり、中国夢チャイナ・ドリームを感じた。

 例によって券売機でトークンを購入し地下鉄に乗り込む。華新駅から鉄道の深圳東駅のある布吉ブージーまでは3号線で一本でたどり着く。昼間の地下鉄は座席が全て埋まってる程度の人が乗っていた。私はバックパックを床に置き足で挟みながら立ち、文庫本を読んでいた。すると、隣に立っていた人が興味深そうにこちらの本を覗いてきた。深圳は土地柄外国人も少なくないし、日本語学校があるくらいには日本人も多く住んでいる地区なので、外国人は別に珍しいものではないはずだが、日本人が日本語の本を読んでいるのを物珍しげに見られているのが印象的だった。私は顔を上げて彼に少し微笑みかけた。彼も優しく微笑みかけてくれた。特に会話はなかったが、異国に来ていることを改めて感じた。

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 20分ほどで布吉駅に到着した。深圳は広大な面積を持つ街なので、都心部から離れた場所にある鉄道の駅に行くのにはそれなりの時間がかかると思い込んでいたが、実はそこまで遠くはなかったようだ。深圳東駅は大都市深圳の玄関口の一つで巨大な交通ターミナルとなっているため、地下鉄から鉄道を目指す我々と同じような人々も多かった。我々は人の波に乗り鉄道の駅の方を目指した。エスカレーターを何本か乗り継いで鉄道の切符売り場へと辿り着いた。切符売り場は何個かあるうちの一つらしく、それほど規模が大きいものではなく、人が並んで入るが長蛇の列というほどではなかった。我々は最後列に並び自分たちの番を待った。

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 窓口の上の電光掲示板には列車の時刻と行き先が表示されている。広大な中国の各地への列車が発着しているのがわかる。天津、鄭州などの北方は広東から遥か4000km離れた都市だが同じ国内で国内線の列車が走っている。狭い島国に住む我々には想像のできないスケールで人々が国内移動をしている。我々が乗ろうとしているのは広州駅行きの列車で、同じ広東省内で1時間もすれば目的地に到着する、中国で言えばかなり短距離の列車であった。

「席なくね?」

掲示板を眺めているうちに我々が乗ろうとしている列車の切符が売り切れていそうなことに気がついた。そもそも中国の鉄道はネットで事前予約が可能なのだが、深圳から広州の移動についてはどの時間の列車に乗るかが読めなかったため予約をしていなかった。深圳広州間は本数も多いため適当に駅に行っても切符を買えると勝手に思い込んでいたが、本数も多いが利用客も多いこの路線の切符はそう簡単には買えないようだ。そうこうしているうちに切符売り場の列の順番が回ってきた。

到广州広州まで 今天今日

と書いたメモを見せながら簡単な中国語で切符を買いたい旨を係員に伝える。

没有ないよ

とだけ一言返してきた。知っていた。ダメ元だったが、やはり今日中に広州へ行く切符は売り切れているようだ。

「どうすんの?広州まで行ける?」

「深圳北駅ならまだ切符があるかも。地下鉄で一本だし、とりあえず北駅に行こう」

 あまりの無計画ぶりにワカナミは半分呆れながらも、慌てる様子はなかった。最初からこんな旅になることはお互い暗黙のうちにわかっていたのだろう。私はiPhoneのCtripのアプリで当日の切符を調べたが、深圳北から広州へと向かう列車の切符は全て売り切れだった。しかし、東駅から広州へと向かう手段を絶たれた以上、東駅に留まっている理由もなかったので再び地下鉄布吉駅へと戻り、おなじみのトークンを購入し深圳北駅を目指した。

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 地下鉄5号線に乗ると深圳北駅へは30分ほどでついた。深圳の中心地をぐるりと環状に結ぶ路線で今まで乗った1号線・2号線・3号線と比べるとやや空いている路線であった。

 広州行けないマンが深圳北駅に到着した頃には午後5時が目前に迫っており、陽も暮れ始めていた。先ほど切符の購入に失敗した東駅は広深鉄路という日本で言うと在来線に当たる路線の駅であったが、北駅は高速鉄道の発着する駅であり規模も東駅よりも大きく感じた。途方もない大きさの構造物に多足動物の足のようにエスカレーターと階段が地面へと下されている。我々はこの足から巨大な構造物の内部へと侵入した。

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 東駅と同じく切符売り場には何人か並んでおり、我々は最後尾に立ち自分たちの順番を待った。すると、

请问すみません我想去...行きの...」

と、中国人のおばさんが我々に切符の買い方を尋ねてきた。中国人と日本人は一見すると区別のつかないほど似ているが、身なりで何となく外国人だとはわからないものだろうか。いや、彼女も深圳では余所者であるから現地の人と区別がつかなかったのだろうか。

对不起ごめんなさい我们是日本人私たちは日本人です我也不知道私たちもわからないです。」

そういうと、彼女は別の人に切符の買い方を尋ねていた。

「上海でも聞かれたよね」

「そんなこともあったね。うちら、中国人に見えるんだろうかね」

ワカナミと以前に訪れた上海でも鉄道駅で切符の買い方を聞かれたことを思い出す。ここで流暢な中国語で中国人に切符の買い方を教えてあげることができたらかっこいいな。そんなことを思いつつ、まずは自分たちの切符を購入しなければならないことを思い出した。

没有ないよ

 北駅の窓口に並んだ結果は東駅と同じであった。時刻は午後5時を過ぎている。仮にいまから高速鉄道に乗ったとしても広州に着く頃には夜になっているような時間だ。空はすでに暗くなりつつある。


無票旅客切符なき旅人


「どうするの?」

ワカナミが私に問う。私は深セン東駅から北駅まで移動している地下鉄の車内で代替の移動手段を検討していたが、今回の旅行の移動手段は全て私に委ねられているため、ワカナミは旅の行く末が全く分からずにいる。

「バスが出てるっぽいのでバスに乗ります」

そう告げると我々は深圳北駅の切符売り場を後にし、駅に併設されているバスターミナルへと踵を返した。

「あらかじめ切符取っておけばよかったな。事前準備不足で半日連れ回してごめん。」

「まあ、これも旅の醍醐味ということで」

「バスなら空きがあると思うし、なんとか今日中に広州の宿には行けるでしょう」

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 バスターミナルはちょうど今いる場所から見て高速鉄道の駅の向こう側にあった。巨大な高速鉄道の駅のコンコースのような通路を通り、駅のホームを横切ってバスターミナルへと向かった。JR大阪駅の歩道橋からホームを見下ろす景色にやや似ているがやや殺風景、だが桁外れのスケールの光景が広がっている。長大なホームが何本も並び、日本の新幹線にも似た高速鉄道の車両がずらりと停まっている。これだけの本数が運行されている高速鉄道に我々は乗ることができなかった。その事実だけがコンコースを横切る我々に突き刺さる。

 バスターミナルも鉄道駅と同じく大きな建物の中に切符の窓口が並んでいる構造だった。我々は今まで東駅や北駅の鉄道切符売り場に並んだのと同様に人々が並んでいる後ろに立った。電光掲示板を見上げてみると広州行きの切符はまだ空きがあるようだ。なんとか今日中に目的地の広州へとたどり着くことができそうで我々は安堵した。

到广州広州まで 今天今日

東駅の窓口で用いたメモを再び窓口の係員に見せながら切符を購入する。18時の便が空いているそうだ。これなら21時頃には広州に着けるだろう。運賃は一人70元。高速鉄道とそれほど値段が変わらない。通常であれば同じ程度の運賃でより速く目的地へと着ける高速鉄道を利用するが、今日は広州行きの鉄道の切符は全て売り切れだったので、バスを利用する他にしようがない。係員に毛沢東が描かれた人民元紙幣を渡し、我々は広州にある天河というターミナルへと向かうバスのチケットを手に入れた。

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検票之前待合室


 切符売り場のすぐ横に手荷物検査があり、バックパックと肩掛けのバッグをX線の検査に預け待合室のエリアへと入った。中国本土では地下鉄やほかの鉄道駅ではもちろんバスターミナルにおいても手荷物検査が行われている。煩わしいが入鄉隨俗郷に入れば郷に従え。これも異文化体験のひとつと割り切ればそれなりに楽しみながら旅ができる。

 羅湖ルオフーで買った腕時計に目をやると時刻は5時半。バスの発車まではあと30分ほど時間がある。我々は待合室の銀色の硬い無機質な椅子に荷物を置き腰をかけた。

「喉渇いたし飲み物でも買うか。」

 待合室には小さな売店があった。売店と言ってもキヨスクのように店舗の形をしているわけではなく、待合室のスペースの一角で冷蔵庫やテーブルを置いておばちゃんが商売をしているような簡易的な売店だった。私はここで可口可乐コカコーラのペットボトルを一本買った。愛煙家のワカナミはタバコを買った。私はタバコを普段吸わないが、ワカナミが吸っているものをたまに少しもらいタバコを吸う。今回も後で吸わせてもらおうと心の中で思った。

 これからどれくらいの時間がかかるかは正確にはわからないが、数時間のバスの旅が始まる。用を足しておかねばと思い、トイレに立った。

洗手间在哪?トイレはどこですか?

少し探せばトイレくらい見つかるが、中国語のこのフレーズを売店の店員に投げかける。トイレはどこか。そこにあるよ。この程度の会話ならわからない単語が出てくることもないので、会話の全てが中国語で完結する。まだ自由に中国語を操ることのできない私にとって、このフレーズで始まる会話は満足に現地で暮らす人々とコミュニケーションを取れる貴重な機会であった。

 バスターミナルの施設は綺麗とは言えないが、汚いとも言えない最低限の清潔が保たれているという印象であったが、トイレは日本人が見れば誰が見ても汚いと言うであろう衛生状態であった。香港では駅や店にあるトイレは日本と同じ程度の状態であったが、中国本土に入ると状況はかなり変わる。手を洗うはずのシンクの一つには「请勿吸烟タバコを吸うな」と書かれているのにも関わらず、大量の吸い殻が山積していた。私は潔癖の気があり、本来であればこのような環境のトイレは使わないのだが、異文化の土地を旅するということは時に自らの価値観を捨てざるを得ないのだと自分に言い聞かせて、我慢してこのお世辞にも綺麗とは言えないお手洗いで用を足した。

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 お花摘みから戻ってくると、搭乗を待つ人々がみなそれぞれ暇そうにおしゃべりをしていたり、スマホをいじったりしていた。ワカナミは持参した書籍を読んでいた。私は黙って彼の隣に腰をかけバスの出発を待った。

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 このバスターミナルでは待合室から改札口を経てバスに乗り込む。ちょうど日本の空港のようなシステムだ。やがて我々の乗る広州行きのバスが出る時間となり、改札が始まった。広州広園(天河)行きは3番ゲートからの搭乗だった。改札でチケットをコードリーダーのようなものにかざすとゲートが開き、バスの停まる屋外へと出る。

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 我々を広州まで送ってくれるバスはフロントガラスに「广州←→深圳北站」と大きく書かれてある大きなバスだった。向かって左側のドアから車内に乗り込む。日本でもよくある4列の大型バスであったが、深圳から広州は鉄道での移動が主流のため、バスに乗る客はそれほど多くなく、我々を含めて15人程度だった。バスの切符には「高級」と書いてあるが、およそ高級であるとは言い難く、なんならボロボロで薄暗い古臭いバスであった。我々はもうそんなことは気にしないようになっていた。我々は後方の右側の窓側の座席を2列に別れて使うことにした。ワカナミが後ろ、私が前に座り、横の座席にバッグパックを置いた。シートベルトを着用し、後ろのワカナミの許可を得て座席のリクライニングを少し下ろした。古いバスでシートベルトが壊れている座席もあり、やや不安になるが、リクライニングを使えば快適とまではいかなくとも不快な印象はなかった。それほど多くない乗客たちは、皆それぞれスマホで動画を見たり、通話をしたり、乗客同士で話をしたりしている。わざわざバスを選ぶ理由があったのか、我々のように鉄道に乗りそこねた人々なのか。どちらなのかはわからないが、我々は彼らに紛れて改札のゲートをまだ見ぬ街・広州へと駒を進めたのであった。

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("第2章 深圳"終わり 第3章へ続く)


旅程表

2018年9月14日 "我々の偉大な旅路" 1日目 深圳

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午後3時37分 華新フアシン駅にて深圳地下鉄3号線 双龍シュアンロン行きに乗車

午後4時01分 布吉ブージー駅(深圳東駅)に到着

午後4時33分 布吉駅にて深圳地下鉄5号線 前海湾チエンハイワン行きに乗車

午後4時59分 深圳北站駅に到着

午後6時00分 深圳北バスターミナルにて広州広園グアンユエン(天河ティエンフー)行きに乗車

(時刻はすべて北京時間)

主な出費

電車賃

 華新 → 布吉 4元

 布吉 → 深圳北站 3元

バス賃

 深圳北汽車站 → 広州広園 70元

コカコーラ 8元 (バスターミナルの売店にて)


↑第3章 広州 ~前編~ はこちらから

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