洗濯機が届かなかった日 ~神さまの恵みは、人間の考えをはるかに超えて大きい

 今日は新しい洗濯機が届くはずの日でした。
 わが家はいま、洗濯機の買い替え中。いままで使っていたのは、私が20代後半でバツイチになったときに購入したもので、20年以上も頑張ってくれた全自動です。
 今年に入り、脱水中の音がだんだん大きくなってきました。
 そしてこの夏。
 仕事をしながら洗濯していたときのことです。「どこかからヘリコプターが近づいてきたな」と思ったら、うちの洗濯機の音でした。
 これは、いよいよまずい。
 面倒くさがりの私も、ついに買い替えを決意したのです。

 夫と一緒にネットの情報でいろいろ検討し、今月中旬にオンラインショップで注文しました。数日後に商品入荷のメールが届き、お届け希望日を8月27日に指定した、はずでした。

 昨夜、前日になっても「希望日にお届けします」みたいな受諾メールが届かないので、おかしいなと思って調べてみたら……。
 痛恨のミスが発覚しました。
 お届け希望日を入力したあと、それを確定するまで2段階承認になっていたことに気づかず、つまり入力が確定されていなかったのです。
 これでは永遠に届きません。受諾メールもこないはずです。
 ショックでした!
 とりあえず最速で、時間指定で配達していただける日付を入力し、今度はちゃんと確定させました。けれども、1週間以上先となってしまいました。
 100%、私のせいです。
 ごめーん、と夫に謝りつつ、昨夜はしょんぼりしていました。

 けれども、しゅんとした私の様子を見た夫が、寝る前にひとこと。
「なにもかもうまくいくのもアレだから、これくらいのことはあっていいんだよ」

 考えてみれば、古い洗濯機はまだ動いているので、騒音がなるべく発生しないよう、手動でモードチェンジをしながら、だましだまし使えます。
 それがあと少し続くだけのこと。暑い季節だから、多少脱水がゆるくても、外に干せばすぐ乾きます。
 新しい洗濯機の届く日が、少し先に延びた。そんな些末なことより、いま優しい言葉をかけてくれる伴侶がそばにいて、ふたりとも健康で、2匹の猫も元気。これ以上の恵みがあるでしょうか。

 今日、期待していた物は届かなかったけれど、そのおかげで、いまそばにある幸せに感謝することができました。

 神さまの恵みは、人間の考えをはるかに超えて大きい。キリスト教ではしばしばそういう言い回しをします。
 人間の毎日には、いろいろな出来事が起こります。なかには、がっかりしたりしょんぼりしたりすることも。でも、人間である自分の目から見て負に思える出来事にも、大きな神さまの愛が隠されているかもしれません。
 私はクリスチャンですから、できるだけ心の目を開き、がっかりする出来事のなかにも、与えられている恵みを発見できるようにしていきたいと思いました。

 聖書にはこんな言葉があります。

あなたの慈しみはわたしを超えて大きく、深い陰府から、わたしの魂を救い出してくださいます。
(詩編86:13 聖書新共同訳)
天が地を超えて高いように、慈しみは主を畏れる人を超えて大きい。
(詩編103:11 同)

 昨夜は夫の言葉が気づかせてくれました。

 だけど新しい洗濯機、来週、無事に届くといいなあ。



◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、hanakokoroさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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