繊細で、あやうい少年の物語。こんなに素敵な作品ならもっと早く読めばよかった! ~ヘッセ『車輪の下』

 ヘルマン・ヘッセは大好きだけれど、『車輪の下』は読んだことがなかった。内容について、勘違いしていたみたい。最近になって、少年時代を描いた自伝的な小説だと知り、読んでみたら、とても面白かった。

 今回私が読んだのは、高橋健二訳のこちら↓。

 主人公は、釣りや自然を愛する少年ハンス・ギーベンラート。小さな町に暮らしていたが、成績が優秀だったため、大人たちの期待を背負って神学校を目指し、州の試験を受けることに。
 けれどもそのために、彼は少年時代に享受するはずだった喜びの多くを犠牲にする。傷つきやすい彼のまわりに描かれるのは、それぞれの気持ちや思惑を、さも正しいこととして少年に押し付ける無神経な大人たちだ。

 ただひとり、信心深い靴屋のフライクおじさんは、いたいけな少年を思って「落第したって恥じゃない、どんなにできるものだって落第することはある。ハンスがそんなめにあったら、神様はめいめいの人間にそれぞれ違ったおぼしめしを持っておられ、それぞれの人間にかなった道を歩かせられるのだということを考えてもらいたい」と語るのだけれど、ハンスの胸にはじゅうぶんには届かない。

 そのフライクおじさんが敬遠している(嫌っている?)町の牧師は、「新しがり屋で、復活を信じていない」という評判の人。ハンスの試験の日にも彼のために祈りはせず、「あの子はいつか並みはずれたものになるよ。きっと注目されるようになる。そしたら、ラテン語を手伝ってやったことも、損にはならないわけさ」などと話すような人物だ。

 こういう、キリスト教の信仰の実態みたいなあれこれが、ごく自然に物語に盛り込まれているところが、ヘッセの作品の好きなところ。(『シッダールタ』の場合は、もちろんキリスト教ではないけれど、求道者の心の変化を表現していて、クリスチャンの私が読んでも感動した)

 ハンスはとにかく合格し、神学校で寄宿生活を始める。
 そこで繰り広げられる物語は、萩尾望都さんの『トーマの心臓』や、竹宮惠子さんの『風と木の詩』などを思い浮かべてしまう内容で、わくわくしたり、切なくなったりしながら、非常に楽しんで読んだ。
 ハンスが、親しくなった友人ヘルマン・ハイルナーと、ふとしたきっかけでキスをするシーンまである。
 ふたりの心の揺れや、情景の描写が美しい。
(巻末の高橋健二さんの解説によれば、このふたりは、ヘッセが自分自身をふたつに分けて投影したキャラクターだ)

↓ご参考までに『トーマの心臓』と『風と木の詩』はこちら。

 こうした、ヨーロッパの寄宿学校を舞台にした青春ものが好きな人なら、『車輪の下』も気に入るのではないかと思った。

 後半、ハンスは神経衰弱になって、神学校から故郷へ帰る。それから彼がたどる心の旅路は、繊細で、あやうい。読んでいてつらい感じもあるけれど、そのもやもやした気分が、ハンスが抱えていた感覚なのかな、とも思う。

 高橋さんの翻訳は読みやすかった。こんなに素敵な作品なら、もっと早くに読めばよかった! でもきっと、このコロナの自粛期間中に神さまが私に読ませてくださったんだな、と解釈して、良しとすることに。

 最後に、本書で心に残った一文を引用します。

生は死より強く、信仰は疑いより強い
(ヘッセ『車輪の下』より)



◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、hanakokoroさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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