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「書き続けていれば、いつか必ずいいことがある。だから絶対に、書くのをやめてはいけない」 ~昔、文芸誌の編集長がくれた言葉

 15年近く前のことです。仕事で、ある直木賞作家にインタビューをしました。取材は無事に終わり、夕方から媒体側とスポンサー企業が主催するレセプションがありました。

 立ったまま乾杯だけして、歓談するような形の、気取りのない場でした。私は媒体側のスタッフと一緒にいて、たまたま、作家に同行していた文芸誌の編集者たちと立ち話になりました。

 ふだん私は、仕事の場では、自分が小説を書いていることはめったに言いません。ライターやエディターとして、そのとき依頼されている仕事に全力を尽くしたいため、関係のない話はしないからです。そのときも、自分からは言いませんでした。

「真帆さんも、実は小説を書いているんですよね?」
 そう話を振ってくれたのは、女性同士ということでプライベートでも親しくしていた媒体側の担当者でした。
 そこから本や小説の話になり、数人で、雑談レベルで会話が弾みました。「どんな本を読んでいるの?」から始まり、
「私は文章を書くときに、ものすごく辞書を引くので、時間がかかるんです」
「僕も辞書が好きなんですよ。辞書を開くと、当初の目的だった語だけでなく、ほかの語の箇所もつい面白くて読んでしまって、時間が過ぎますよね」
 みたいなやり取りとか。
 作品を仕上げたら、誰にも見せないか、見せるとしても本当に信頼できる人だけにして、とにかく新人賞に出すのがいい、という話も。
 いまのようにネットで小説を公開しやすい時代ではなかったですし。
 ちなみに私は、そのとき自分が納得できる品質で完成させている作品がなかったので、仕上がったら応募します、というスタンスでした。

 それよりも、私が聞いてほしかったのは別のこと。唐突に、こんな話をこぼしていました。
「自分の書いた小説を読み返すと、〝私ってこんなに情けない人間だったのか〟と、つくづく感じてしまうんです」
 こういう気持ちって、小説の書き手はみんな感じるものなのだろうか、それとも、私だけ? 当時はそんなことで悩んでいました。
 何か答えを期待したというよりは、文芸関係者に、ただ聞いてもらいたかったのだと思います。

 それに対して、その場にいた文芸誌の編集長は、なぜか、こう返してくれました。
「あなたね、絶対に書くのをやめちゃだめだよ。書き続けていれば、いつか必ずいいことがあるからね。新人賞に応募して、すぐには受賞できなくても、途中まで残れるようになって、もし編集者がついてくれたら、今度はその編集者がはげましてくれるから」

 一期一会の書き手にさえも、とっさにパワフルな励ましの言葉を授けられる。それがプロの編集者なんだなあ、と感動しました。もちろん、うれしかったです。

 この言葉は間違いなく、その後の私を支えてくれています。

 書き続けていれば、いつか必ずいいことがある。だから、絶対に書くのをやめてはいけない。


◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、
devaagni2000さんの作品を使わせていただきました。
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