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【短編小説】溺れた夏、眠り姫を探しにいく。


※noteでは、前半部分の公開です。
全文は上記のリンクサイトで公開しています。

あらすじ

親友の瑠菜(るな)が溺れてから1週間が経った。
瑠菜は意識を失ったまま、集中治療室で眠ったままだった――。

志帆(しほ)と瑠菜は、親友で瑠菜と一緒に充実した夏休みを過ごすつもりだったのに、
瑠菜は海で溺れてしまい、意識を失ってしまった。

お見舞いの帰り、志帆は落ち込んだ気持ちを抱えながら、
海が見えるベンチに座っていると、そこに瑠菜が現れて――。

この話は、ふたりの友情を確かめる物語。

※表紙イラスト/ノーコピーライトガール様(https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl)

本編

 涙はすでに枯れてしまうくらい、泣いてしまった――。
 iPhoneに表示されている日付は確実に進んでいく。

 無菌室みたいに私の部屋はしっかりとクーラーで冷たく管理されていて、窓からは午後になってもまだ強い、日差しが部屋を照らしている。
 最高の夏休みになるはずだったのに、10日すぎた夏休みは、すでに灰色の影を落としているように感じた。

 私はこう思う。
 海なんて大嫌いだ。

 ベッドから起き上がり、キャミソールと、パンツだけの下着姿の身体に半袖の黒いワンピースに袖を通し、私は雑に外に出る支度をした。

 

「しばらく、意識、戻らないかもしれないって」
 瑠菜(るな)のお母さんはそう、冷静な声で私に伝えてくれた。瑠菜のお母さんはすでに泣き果てたのか、両目が腫れぼったくなっていた。

「――なんて言えばいいのか、わからないです」
 私はそう言ったあと、思わずうつむいてしまった。病院の集中治療室の前の通路に置かれているベンチに私と、瑠菜のお母さんは横並びに座ったまま、ポツポツと交互に話を重ねていた。そのポツポツとした間が、二人だけで、重い時間を共有しているように感じた。

「まだ、私も混乱してるけど、これだけ言わせて」
 瑠菜のお母さんは低くて小さな声でそう言ったから、私はそっと顔をあげて、左側を見る。瑠菜のお母さんが耳につけているシルバーのピアスが蛍光灯の光を弱く反射したのが視線に入り、私は思わず、そっちに気を取られそうになった。

「志帆(しほ)ちゃん、誰の所為でもないから、自分のこと、責めないでね」

 そう言われたけど、私は強く押しつぶされそうな感覚は胸に残ったままだった。


 結局、今日も瑠菜に面会することはできなかった。
 
 そそくさと、大きな吹き抜けが印象的な、病院のエントランスを抜け、自動ドアを2枚外に出ると、むわっとしていた。鼻が少しだけくすぶって、右手の人差し指を鼻に当てると、除菌された匂いがした。

 昨日のことのように楽しくなるはずだった1日が簡単に思い出される。一緒に海に入りはしゃぎあっていたはずなのに、気がつくと、瑠菜は溺れていた。
 私はどうすることもできず、パニックになっていると、ライフセーバーが気がついたのか、すぐにこっちに泳いでくるのが、見えた。

 そんな情景の一部を思い出していると、だんだん、また辛くなってきた。私はこのまま、帰る気になれず、結局、駅とは反対の海の方へ歩き始めた。


「水着で、動画撮ろうよ。めっちゃバズるらしいよ」
「私は、バズなんて望んでないよ」と返すと瑠菜はゲラゲラと笑い始めた。

 いつも、私と瑠菜は校舎の屋上で、お昼を食べたあと、TikTokにあげるダンスを練習したり、次にやりたいダンスの動画を見せ合いっこしていた。

 前の日の夜のうちに、ベッドの上で、寝転がりながら、動画をスワイプしまくり、やりたいのがあったら、ブックマークをして、次の日に瑠菜と一緒にその動画を観るのが、日課になっていた。

 瑠菜も私も、本当はダンス部があったら、ダンス部に入りたかったねって言っている仲だけど、そこまで本気のダンスはするわけでもなく、ただ、バズってて、流行りつつある簡単なダンスを二人の思い出として、動画に残すことを目的にしていた。

「そもそも、水着で踊ったら、垢バンが怖い」
「いいじゃん、別に。志帆と私だけのやる気のないアカウントなんだしさ。ダメだったら、もう一回、動画あげればいいじゃん」
「だよね。所詮、黒歴史作ってるようなもんだからね」
「必死にね」と瑠菜はそう言ったあと、ペットボトルの水を一口飲んだ。

 ちょうど、出入り口の出っ張りで、日陰になっているところで、瑠菜と体育座りで横並びになっている。7月の中頃だけど、日陰のおかげで、まだこうしていても、我慢できる暑さだった。

「黒歴史になってもいいからさ、うちらがJKだったときの美ボディを記録すべきだと思うんだよね」
「瑠菜って、意外と痛いところあるよね」
「それはお互い様だよ」 

 だから、お互い、それぞれのiPhoneのアカウントで私と瑠菜が踊っている動画をそれぞれ上げていて、どっちのアカウントで上げるかは、その日、バッテリー残量が多い方のiPhoneのアカウントで上げることにしていた。

「どうせ、JKブランドも一瞬だし、JKであった証、少しでも多く残しておかないとね」
「だよね」と私がそう言うと、瑠菜は無邪気そうに頬を緩めて、チャームポイントの八重歯を見せてきた。

 そのあとすぐにぬるい風が吹き、瑠菜のセミロングで弱くウェーブがかかった髪が揺れていた。
  
 だけど、どの動画も再生数は100〜300回くらいだから、大した拡散もされていないし、私たちが属している、1.5軍の女子グループの子たちにも、このアカウントは教えていない。

 もちろん、価値観の合わない1軍グループの子たちも私たちのアカウントは知っていなさそうだし、2軍の少数派や、ぽっちちゃんたちも、もちろん、私たちの動画はきっと見つけていないと思う。


 そう約束していたのに、結局、動画を撮らずに瑠菜は病院に運ばれた。
 
 少し前にしたばかりの瑠菜とのやり取りを思い出しながら、海まで続く下り坂を歩いていると、海が見えてきた。海の先に見える空は白くモヤがかかっていた。モヤを突き抜けるくらい強い日差しを海が反射していて、淡い黄色を保ちながら、キラキラしていた。

 ちょうど、左側に自販機が見えてきた。
 だから、私は自販機でペットボトルのカフェオレを買った。自販機に右手を突っ込み、カフェオレを手に取ると、冷たさが一瞬で、手から身体全体に伝わり、暑いのに、思わず身震いした。

 坂を降り続けて、海岸線沿いを走る道路までたどり着いた。
 信号を渡り、海側の方を歩くと、海水浴場の砂浜の手前にある公園と駐車場が見えてきた。細長く続く公園は、石畳で整備されていて、海側に無数のベンチが置かれていた。

 私は公園に入り、ベンチに座った。
 そっと息を吐いたあと、手に持っていたペットボトルの蓋を開けて、カフェオレを一口飲んだ。

 そして、ショルダーバッグからiPhoneを取り出し、TikTokを開いた。自分のアカウントを表示して、瑠菜と2人で踊っている動画をいくつか再生した。動画のなかの私と瑠菜は仲良く、制服姿で両手でハートを作るダンスをしていた。3か月前に撮ったその動画も、流行りが終わった今となっては、その曲も、踊りも古臭く感じた。
 そのあと、なぜかわからないけど、涙が頬を伝う感触がしたかと思ったら、その感触は無数になっていた。


 涙が止まらなくなり、iPhoneをベンチに置き、ショルダーバッグからティッシュを取り出して、涙を拭った。
 拭ったあともしばらく、つらい気持ちが胸の中で重く響き渡り、涙腺がそれに共鳴して、息を吐くたびに涙が出てきた。砂浜からは波の打ち寄せる音と、どこかで何人かがはしゃいでいる声、そして、後ろ側からは車が走り抜ける音がしている。

 それらに挟まれているはずなのに、私は一人ぼっちな気分になり、余計に瑠菜と一緒にいたくなった。だけど、もしかしたら、それはもう、なくなってしまうかもしれない。いつ急変してもおかしくないらしいし、もし、瑠菜がそんなことになったら、最低な夏休みになりそうだ。

「ねえ、泣かないでよ」と右側の後ろのほうから、聞き慣れた声がして、私は一瞬で凍りつく感覚がした。
 そんなわけがないし、そんなのあり得ない。

「ねえ、無視しないでよ。どうしたの? そんなに泣いて」とまだ、私のことを諭してくる。
 聞き慣れたあり得ない声。
 だから、私は声のする方を冷静になって向くことにした。すると、やっぱりあり得ない人が私の右後ろに立っていた。

「ようやっと、振り向いてくれたね、志帆」といつものトーンで言ったあと、瑠菜は私の隣に座った。瑠菜は制服姿で、白のワイシャツにつけている赤いリボンはいつもみたいに緩められていて、ワイシャツの第一ボタンは緩められていた。

「夏休みなのに、制服着て、なんか、部活やってるみたいだね」と私は自分でも驚くくらい、自然に瑠菜のことを受け入れてしまった。
「いいでしょ。JKらしくて。この姿でいれるのもあと、1年半くらいしか、ないんだから」
 瑠菜はいつもみたいにJKブランドを意識した答えを返してきた。

 瑠菜はにっこりと笑っていた。
 その笑顔を見るだけで、なんかものすごく胸の中から、こみ上げてくる感覚がしたけど、それをぐっと我慢した。そして、聞きたいことはあるけど、いつもみたいに瑠菜に接することを心に決めた。

「だよね。制服姿でいれるのも、今のうちだよね」
「でさ、なんで泣いてたの?」と瑠菜に聞かれて、知ってる癖にと一瞬、思ったけど、その思いは飲み込むことにした。
「ずっと、このままだったらいいなって、ただ、思ってたら、悲しくなったの」
「なんか、センチメンタルだね」
「でしょ。少女でしょ?」と言うと、瑠菜は大人になんかなりたくないって、昔、幼稚園のお遊戯会で言わされたなと言いながら、ゲラゲラと笑ってくれた。

「ねえ、志帆。なんか、適当に動画撮らない?」
 え、撮れるの? って思わず聞きそうになったけど、私はそんなことは言わずに、なるべくいつものトーンを意識して、いいよと答えた。

 だから、私はショルダーバッグから、いつも使っているスマホスタンドを取り出し、ベンチに置いた。そして、ベンチに置きっぱなしだったiPhoneを手に取り、画面ロックを外すと、さっきまで見ていた、3か月前の私と瑠菜が学校の屋上で踊っている動画が流れた。

「これにしようよ」
「え、古くない?」
「いいじゃん。私、このハートのところ好きなんだよね。音ハメして、ハート出すの楽しくない?」と瑠菜はそう言ったあと、流れている音源を口ずさみながら、音源にあわせて、両手でハートマークを作り、両腕を前に出した。

 私は思い出すために、もう一度、最初から再生された音源にあわせて、右手だけで、軽く動きを確認した。『君へキスをあげる』のところで、キスを投げるところは覚えていた。だけど、あとは、最後のハートマークのところまで、あまり覚えていなかった。

「やっぱりいいね。これ。古いけど」
「流行りが早すぎるんだよ。うちらは一応、最先端のもやるけど、リメイクもやるのが、うちらのアカウントの特徴だよ。だって、他のアーティストだって、ちゃんと過去のヒット曲、歌うじゃん」
「それと一緒ってこと?」
「そう、そういうこと。だって、うちら、毎回、動画あげて300回も再生されてるダンサーだからね」
「痛い青春だね」
「お互いにね」と瑠菜はにっこりとした表情を浮かべた。
 
 そして、ぴょんと飛び跳ねるような勢いで、立ち上がり、そして、私の前まで来て、私に目線をあわせるように屈んだ。キスまでは遠いけど、獲物を捉えるには十分な距離感で、瑠菜は二重まぶたのぱっちりした目で私をじっと見つめてきた。

「すっぴんなんだね」と言われたから、私は思わずムキになって、
「瑠菜もね」と眉間に力を加えながら言うと、瑠菜は状態を元に戻して、そこら中に響き渡るくらいの大きさで笑い始めたから、私も同じくらい、なんか、わからないけどウケるって言いながら、笑った。

 この感覚自体が1週間ぶりくらいで、一瞬で楽しかった頃に戻れたような気がした。

「ねえ、志帆」
「なに?」
「ずっと、こんな感じでバカなことできたらいいね」と割と真剣そうな感じで、そんなバカ真面目なこと言われたから、涙腺が崩れそうになったけど、とりあえず、今を楽しみたいから、喉の奥にしっかり力を入れて、我慢したあと、

「――そうだね」とできるだけ微笑むことを努力しながら、私は瑠菜にそう答えた。

 風が急にぶわっと吹いて、瑠菜のスカートの裾と、ウェーブのかかった髪がいつものように弱く揺れた。
 

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