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「CITIZEN I」が問われる時代─『新建築』2018年5月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!


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評者:中山英之(建築家)
目次
●壁と卵
●「割れる卵の側」がつくり出した文化
●誰が誰のためにつくるのか
●「CITIZEN I」が問われる時代


壁と卵

卵を割らなければオムレツはつくれない.


上映中の映画『ジェイン・ジェイコブズ──ニューヨーク都市計画革命』の中で,“マスター・ビルダー”ことロバート・モーゼスが記者に言い放つ台詞です.


再開発事業に先立つスラムクリアランスを正当化するために吐かれたこの言葉もろとも,劇中のモーゼスは完全なるヒール役.都市計画を朝食のレシピのごとく扱うことはもちろんできないけれど,とはいえ今なお『新建築』に掲載されている作品の多くは,どちらかと言えばジェイコブズよりもモーゼスの系譜にあるものです.ある小説家の有名なスピー チを思い出します.

そこに強固な壁と卵があったなら,ぶつかり割れる卵の側でありたい.

ジェイコブズが卵ならモーゼスは壁.そして私たち建築家もまた,どれだけ取り繕おうと壁をつくるのが主な仕事です.
職業人の矜持としてその自覚はちゃんと持っていたいな,と自戒しつつも,たとえば東京ミッドタウン日比谷日比谷シャンテといった5月号を飾るビッグプロジェクトを評する言葉がひとつも浮かんでこないのは,評者の側の問題だけではないようにも感じます.ただ,その話はまたいつか.

東京ミッドタウン日比谷
マスターデザインアーキクテト:ホプキンス・アーキテクツ 
基本設計:日建設計(都市計画・デザイン監修) 
 実施設計:KAJIMA DESIGN
撮影:新建築社写真部

日比谷シャンテ|竹中工務店 
撮影:新建築社写真部


「割れる卵の側」がつくり出した文化


映画の中でも同時代人として名前の挙がるレイチェル・カーソンによる環境運動にとどまらず,ジェイコブズの生きた時代のアメリカは,ウーマンリブや 反戦運動,消費者運動など,政府や企業といった体制への問題提起や異議申し立てが次々に起こった,いわゆるカウンターカルチャーの全盛期.
当時の空気を知る世代ではありませんが,「割れる卵の側」がつくり出した文化は,現在のMAKERカルチャーやフリーカルチャー(オープンソースやクリエイ ティブコモンズなど)へと引き継がれ,建築の世界でも使い手自身のDIYによるリノベーションが建築家のそれよりもむしろずっと批評に触れていたりすることに,建築誌も目をつぶってはいられないのが現代です.


誰が誰のためにつくるのか

前置きが長すぎましたが,だから5月号の新建築は巻頭の建築論壇:工作的建築に尽きると思うのです.執筆者は馬場正尊さん.
実際にお会いしたことはありませんが,その存在を知ったのは彼がまだ学生だった頃に遡ります.当時馬場さんを中心としたグループが発行していた建築同人誌『A』は,(ごく一部の)建築学生たちにちょっと知られた存在でした.特に印象的だったのがその発行スタイルです.それは,各執筆者に判型の選択やデザインをまるごと委ね,集まったそれらを適宜コピーないしプリントしたものを綴じないまま封筒に納めて出版する,という斬新なものでした.
理由はもちろん,レイアウトや製本の手間とコストを省くため.自分たちのリソースへの冷静な評価が採らせたに違いないこのクールな戦略は,硬軟入り混じった記事の魅力と,それぞれにふさわしい紙や表現の選択とが相まって,結果的に「フルックス・キット」のそれのような愛すべき雑多さをまとい,(ごく一部の)建築学生やZINE文化愛好者に鮮烈な印象を残したのでした.
狭義のエディトリアル・デザインが判型の選択やレイアウトのフォーマットを「計画」することであったなら,『A』のそれはこの「計画」そのものを計り直す試みと言えるものでした.時代は「ライフハック」といったそれらしい単語が広く聞かれるようになる,まだ前夜のこと.コンビニにようやくカラーコピー機が置かれ始め,DTP環境が学生たちにも徐々に浸透し始めた,その環境をまさにハッキングすることで,彼らは自分たちのメディアを自らの手で立ち上げたのでした.その馬場さんは原稿の中で,自分たちの仕事を「カウンター」ではない,と語っています.

「社会に対してカウンターを打ち込むというよりは, 素直にコミットメントしようとしている」

その証拠に,彼らは廃材でコーヒー屋台をつくるが,そこにグローバル企業のバッジを掲げることを厭いません.それもそのはず,並んで紹介されるプロジェクトは破産状態にある地方公共施設の民間による再生計画(泊まれる公園 INN THE PARKLIVE+RALLY PARK.)なのだから,もはや体制とそこへのカウンターという構図そのものが意味を持たない.壁も卵もあったものではありません.

泊まれる公園 INN THE PARK
Open A/馬場正尊+大橋一隆+伊藤靖治+三箇山泰 
撮影:新建築社写真部

プロジェクトはさながら,そこにある割れてしまった卵が腐らないうちに,アドリブでつくるオムレツです.けれども,編み出される即興レシピがなんだかとてもおいしそうなのは,なにより誰が誰のためにつくる料理なのか,そこのところが明瞭だから.それくらい,誰がつくったのか分かる料理は安心だしおいしいよね,というまっとうで普通のことがこんがらがってよく分からなくなっている,というのが私たちにとっての体制やそのシステム,もっと言うと「公共」なのだということに,この原稿やそこにある実践は静かに,光を当てています.
ひとつ付け加えたいのは,そうした実践がそれでもカウンターと呼べる何かであるとするならば,それは体制に対してではなく,市民としての自分たち自身の内に向けられたものだということです.


「CITIZEN I」が問われる時代

冒頭の映画は,原題を『CITIZEN JANE』(市民ジェイン)といいます.
建築をめぐる公共性の議論は,市民対体制の構図から,体制をつくり上げる因子としての市民そのものの内へと,その構図を変化させている.私たちは「CITIZEN I」であることの何たるかが切実に問われる時代に今,生きているのだと思うのです.利用者への配慮や歴史へのコミットメントを謳う言葉がちりばめられた日比谷のビッグプロジェクトの草間に,吹けば飛ぶような工作物が並ぶ,そのことがこの5月号をどれだけ意味のあるものにしていることでしょうか.

ちょっとだけ疑問もあります.カウンター・カルチャーとの距離感を言うのであれば,その時代のアイコンたるフラー・ドームは,なんとなく長髪にベルボトムをまとうようなノスタルジーを風景に宿してしまう,それは意図したことだったのか.当時のバイブル『ホールアース・カタログ』よろしく,レディメイドで表現されるアドホシズム,とでもいうような選択としてのジオデシック・ドームであるなら,

「建築,もっと進化しているよ!」

と,これはちゃんと書き留めておきたいです.
たとえば3月の月評で PAFFについて書いたこと.あるいは,材料の流通系やライフサイクルの全体像を構図に,局所的な要請に唯一無二の建築で応える,一連の坂茂さんの仕事が頭をよぎります.今回の湯布院の作品(由布市ツーリストインフォメーションセンター)については何をか評する糸口を掴み損ねましたが.

最後にもうひとつだけ.カルティエ財団での石上純也さんの個展(石上純也─FREEING ARCHITECTURE)を伝える記事は,倍の分量をあてても惜しくないものです.「建築の進化」という意味では,すべての建築人は今すぐパリ行きのチケットを買って,この個展を見なければならない.そういう質の展覧会が催されるのは,パリという都市の素晴らしさのひとつだと,心から思います.



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本記事の中でも触れられていた映画『ジェイン・ジェイコブズ──ニューヨーク都市計画革命』について新建築社デジタルコンテンツ事業室によるイベントレポートのほか関連記事を下記にまとめています!


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株式会社 新建築社は、1925(大正14)年の創業・『新建築』創刊以来、月刊誌を中心とした建築関連の雑誌・専門書を発行しています。建築を様々な角度から取り上げ、新しい建築を求め誌面をつくっています。 https://shinkenchiku.online/