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丸森時間差遺産 第6話「受け継がれる蕎麦」


東京での20年間の暮らしを経て、20年ぶりに故郷へ移住したクリエイティブディレクターは何を思うのか。あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気付くものとは。Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長の太田伸志が、宮城県丸森町の広報誌「広報まるもり」にて連載中のエッセイを特別限定公開中!

 最近、筆甫へよくドライブをする。理由は今年新しく出来たそば屋、清流庵である。筆甫地区の美しい自然と川のせせらぎと、運が良ければカワセミの美しい鳴き声を聞きながら、石臼挽き&手打ちの美味しいそばを楽しめる。付け合わせの天ぷらも最高だ。新鮮な野菜を中心に、揚げたてを塩でカラッといただくも良し。出汁の効いた蕎麦つゆに浸してジュワッといただくも良し。滑らかな喉越しのそばとの相性も完璧。締めに成分が溶け出したとろみの強い熱いそば湯で身体を温めた後に、店を出て感じる凛とした森の空気がまた心地よい。信州や山形のそば屋の名店にも匹敵するお店だと僕は思っている。

 実はこちら、前身となるお店がある。店名は今と同じ清流庵。震災が原因で客足が途絶え閉店を余儀なくされたお店なのだが、同地区で生まれ育ったご主人が、帰省の度に閉店したこのお店のことをずっと気にされており、どうしても復活させたいと、東京などのそば屋で修行を重ねた後に受け継いだという熱い物語がある。お店までは町内中心部から15分ほど。県道丸森霊山線沿いにあるのだが、この道にもストーリーがある。令和元年の東日本台風の豪雨によって土砂崩れが起きて道路が寸断。だが、さまざまな人の努力で約3年かけて全面開通に至った道であるということも感慨深い。震災、台風、後継者問題、数多くの困難を丸森町は経験してきた。だが、清流庵のご主人のように当時は良かったと懐かしく想うだけでなく、賑わいを取り戻そうと行動に移している方が、町内で次々と増えている気がする。

 映画『マトリックス』という作品をご存じだろうか。キアヌ・リーブス演じるシステムエンジニアが、機械に支配された仮想世界に依存するのではなく、現実世界で生きる決意をするSFアクション映画だ。僕が好きなセリフがある。「There is a difference between knowing the path and walking the path.」「道を知っていることと実際に歩くこととは違う」という意味だ。スマホで検索すればあらゆる知識を得られる昨今、難しい言葉を知る人は増えた気がするが、実際に行動して自分の経験として語れる人は、果たしてどのぐらいいるのだろうか。もちろん、実際に行動するのはどんなことでも簡単ではない。だが、清流庵のご主人のように困難を乗り越えて行動する人は確かに存在するのだ。

 次世代のキアヌ・リーブスを育てるためにも、もっとお店を応援しないと。そんな妄想を言い訳に、お腹の鳴き声を聞きながら、今日も筆甫へ向かう。

丸森町時間差遺産006:清流庵
外二と呼ばれる、そば粉10に対してつなぎ2の割合の手打ちそばを味わえる。こだわりのスピーカーから流れるジャズミュージックも素敵。

時間差遺産【じかんさ-いさん】
あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気づくもののことを、筆者が勝手にそう名付けた。

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年、丸森町生まれ。クリエイティブカンパニーSteve* inc. 代表取締役社長。東北芸術工科大学 講師。2023年から丸森町のクリエイティブディレクターに就任。作家でもあり唎酒師(ききざけし)でもある。




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