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丸森時間差遺産【まるもり - じかんさ - いさん】

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東京での20年間の暮らしを経て、20年ぶりに故郷へ移住したクリエイティブディレクターは何を思うのか。あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったときづくものとは。宮城県… もっと読む
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記事一覧

丸森時間差遺産 第9話「あたりまえの鉄道」

 ガタンゴトンッ。ガタンゴトンッ。心音のように繰り返す心地よいリズムを感じながら、窓の外を眺める。新車両に切り替わっても変わらない、どこか懐かしいボックスシート。気のせいか、周りの家族連れや若者、おじいちゃんおばあちゃんも穏やかな表情に見える。みんなどこへ行くのかな、なんて想像しながら、久しぶりに乗った電車の魅力を改めて味わっていた。  「あぶきゅう」の愛称で知られる阿武隈急行との出会いは小学生の頃。シンプルな白い車体に描かれた青と緑のラインに一目惚れ。どこを走っていても絵

丸森時間差遺産 第8話「新春初詣ドライブ」

 忙しかった一日。永遠に続きそうな仕事を何とか無事に終えて車で家へ帰る途中、冷え込んできたなと思ったらヘッドライトに白く光るものが反射した。雪である。僕は暗闇をふわりと舞う雪を見ながら、祖父と初詣に行った日のことを思い出した。  昔、野球でキャッチャーをしていたという大柄な体格のイメージとは似つかわしくない、柔らかな物腰の祖父が僕は大好きだった。18歳となり車の免許をとってからは、よく祖父をドライブに誘っていたのだが、断られた記憶が無く、いつも喜んで時間をとってくれた。悩ん

丸森時間差遺産 第7話「ある散歩の想い出」

 休日にはよく散歩をする。と言うと、周りの人たちから「車ではなく?」と聞かれることが多いのだが、テクノロジーがいくら進化したとはいえ、歩いている車は未だに見かけない。散歩はまだまだ人間だけの特権のようである。散歩。それは、変化し続ける景色との出会い。そして、それを共にする家族との会話など、さまざまな発見がある特別な時間なのだ。  歩く車は冗談だが、確かに移動という効率性から考えれば車は便利である。寒い日は暖房を、暑い日はクーラーを。子どもがゲームをしていようが機嫌が悪かろう

丸森時間差遺産 第6話「受け継がれる蕎麦」

 最近、筆甫へよくドライブをする。理由は今年新しく出来たそば屋、清流庵である。筆甫地区の美しい自然と川のせせらぎと、運が良ければカワセミの美しい鳴き声を聞きながら、石臼挽き&手打ちの美味しいそばを楽しめる。付け合わせの天ぷらも最高だ。新鮮な野菜を中心に、揚げたてを塩でカラッといただくも良し。出汁の効いた蕎麦つゆに浸してジュワッといただくも良し。滑らかな喉越しのそばとの相性も完璧。締めに成分が溶け出したとろみの強い熱いそば湯で身体を温めた後に、店を出て感じる凛とした森の空気がま

丸森時間差遺産 第5話「棚田にて深呼吸を」

夕暮れの国道349号線。大学での授業を終えて自宅へと車を走らせる途中、思い立って寄り道をした。阿武隈川沿いの側道を坂道に沿って3分ほど登ると、日本の棚田百選・農林水産省選定のつなぐ棚田遺産にも選ばれた「大張沢尻の棚田」が現れる。長い時間をかけて、複雑な地形を試行錯誤しながら開拓して生まれた、人々の努力の結晶である。  見晴らしの良い駐車スペースに車を停めて、秋風が吹き抜ける新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。夕陽に照らされ階段状に連なる田んぼを埋め尽くす黄金の稲穂。久しぶりに訪

丸森時間差遺産 第4話「風呂上がりの夜風」

  僕は熱い風呂が好きだ。理由は恐らく幼い頃の記憶、建て替える前の実家が五右衛門風呂だったせいかもしれない。当時住んでいた家は台所が土間になっており、祖母と母が夕食の支度をしている隣で、お風呂を沸かす係だった僕はよく薪を焚べていた。徐々に太めの焚き木へパチパチと火を育てていきながら、時々アルミホイルで包んださつまいもを一緒に入れたりして、沸きたての熱い風呂に入った後に、出来立ての甘い焼き芋と冷たい牛乳を喉に流し込みながら、縁側で夜風に当たるのが大好きだった。  そんな風呂好

丸森時間差遺産 第3話「全力で走り抜けた公園」

 僕は全力で走っていた。とはいえ、太宰治の小説『走れメロス』のように親友との友情を守るためではない。先ほどスーパーで受け取ったレシートが風で飛ばされたため、追いかけていただけである。30mほど先で追いついて無事に回収したが体力は消費した。昔は追いかける側ではなく追いかけられる側だったのになと、息を切らせながら30年以上前のことを思い出していた。  実家には昔、コロという犬がいた。名前の由来は当時僕が夕食時にコロッケを食べているときに思いついたからで、マグロを食べていたら「ト

丸森時間差遺産 第2話「時をかける赤い橋」

 夜寝ていると息苦しいことがある。今夜も金縛り……ではないので安心してほしい。寝相の悪い我が子の足が僕の顔に乗っていただけ。いつものことである。家族で一緒に寝ている場合、自分の寝ている範囲を越えないようにという暗黙の了解があると思うのだが、そんな大人の常識で作り上げた境界を軽々と越えて来る息子の自由な本能に感銘を受けるとともに「境界を越える」というキーワードから、ふと、脳裏に丸森橋の思い出が浮かんだ。  丸森町には大きな橋が2つある。2012年に完成した556mの丸森大橋。

丸森時間差遺産 第1話「小高い駅のホーム」

 1996年。18歳の僕は進学のため、仙台で念願の一人暮らしをすることになった。すでに荷物は新居となるアパートに送っており、一人暮らし前としては最後の実家での夕食。この漬物の味ともしばらくお別れだなと、白菜の味を噛み締めていた。最後の晩餐ならぬ最後のばあちゃんの漬物である。お湯1に対してウイスキー3ほどの濃いめのお湯割りが好きだった父からは、丸森からでも通えるだろうとしつこく説得をされたが、故郷への未練1に対して都会への好奇心9という濃いめの自立心に溢れていた僕は「自分の足で