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身体にアプローチする『からだ言葉』を使ったネーミングは、他の言葉に比べて記憶に定着しやすく思い出しやすい。

今回は私が大変気に入っている一冊の本のご紹介から。

「ブラックスワン」「半脆弱性」で知られるナシーム・ニコラス・タレブの著書「身銭を切れ」という本だ。

この「身銭を切れ」という言葉は、私の頭からなかなか離れず、ついには行動指針にもなってしまった。

乱暴に要約すると、身銭を切らない連中に対して、渾々と「身銭を切らないヤツはクソだから、身銭を切りましょう」と述べている。

これが著者の一貫したテーゼだ。


そして「自らの意見にしたがってリスクを冒す人」には価値があるとして、その人たちには最大の敬意を示す。

昨年、米ウィスコンシン州で起きた黒人銃撃問題を受けて、テニスの大坂なおみ選手が試合を欠場したことは記憶に新しい。

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出典:NaomiOsaka 大坂なおみ

大坂選手はまさに「自らの意見にしたがってリスクを冒す人」の一人だろう。

「身銭を切れ」とは実に単純明快。

しかしそれでいて「自分がしてもらいたいことを、他人にせよ」という聖書にある言葉のように深くて重く本質的である。

私はそれがために、「身銭を切れ」という言葉がなかなか頭から離れないのだと思っていた。

ところが、調査を続けているとより核心に迫る情報を手に入れることができた。


それは「動きが心をつくる」という身体心理学の本の中に示されていた。

この本は「行動が心を作る」という観点から心理を説いたもので、一般的には動物は、脳があって心があると言われるが、それに反論するもの。


原初動物には、動き(行動)があって、それに伴い体が内臓や脳というように細分化していったことから導かれる、「脳だけが心(意志)ではなく、動きに心の原因がある」は、真に慧眼だと言える。


そして、この本の中で特段の発見だったのが、「からだ言葉」という言葉のカテゴリーの存在だ。


「からだ言葉」とは体の部位を含んだ言葉で、その数はおおよそ「6,000語」もあるらしくそのバリエーションの豊さには舌を巻いた。


「からだ言葉」については以下に詳しい。

からだ言葉とは、体の部位を含んだ言葉のことである。

たとえば最近あまり使われていないが、かつては銀行の社長のことを「頭取」と表現していた。体の部位である頭を使った言葉である。

頭は体の一番上にあるので、組織のトップである社長を表すことになったのであろう。年のはじめのことを「年頭」という。これも頭の位置からきたものであろう。同じように最初に払うお金を「頭金」という。

これらの言葉は頭が持つ性質を用いたものであるが、このほかに頭の動き、あるいは状態を用いた言葉がある。

「あの人には頭が上がらない」といって、他人に対する自分の態度を表現することがある。世話になった人とか対等の態度をとれない人に対して使う。

これは上位の人に対して頭を下げる行為(へりくだる動き)からきていると考えられる。これは頭の動きを利用した言葉である。

物事に「没頭する」という言葉も同じである。夢中になって物書きをしている人、あるいは物を作っている人の姿勢からきた言葉であろう。そうした状態の人の頭はまさに前かがみになっている。

実際、私たちはこのような「からだ言葉」を日常何気なく使っている。

ところが、「からだ言葉」というカテゴリーの存在は認識しておらず、その意味については、「ほとんど意識していない」という人が大半だろう。

かくいう私もその一人である。


こうした現状に対して、著者の春木氏は「からだ言葉」の持つ役割について見直すことを提案している。

一体どういうことか?


例えば、「毎月の過ぎ去る速さ」を意味するとき、

年月が速やかに過ぎる

でも、

年月が足早に過ぎる

でも意味するところは同一である。


ところが、早く過ぎていくことの実感は「後者」の方が強い。

それは、足早で歩くときの感覚とあせる気持ち、つまり早足で歩くときの気感(気分・感覚)が、過ぎ去る様を如実に、実感を込めて表現しているためだ。


体、動き、心を一つに込めた日常の経験から成り立つ「からだ言葉」は、「感情の伝達」に優れている。そして、それは「身体を通す」からこそ生まれる感覚だという。

「からだ言葉」とはまさに「動きが心をつくる」なのだ。


春木氏は、現代の言葉によるコミュニケーションが「知的な情報伝達」に偏り、本来持っている「感情の情報伝達」が薄れていることを危惧する。

だからこそ「からだ言葉」の持つ「感情の伝達」という役割をもう一度見直してみてはどうかというのだ。


これらを統合して考えるに、

私の頭から「身銭を切れ」がなかなか離れずにいたのは、そのテーゼの本質性はさることながら、「からだ言葉」というボディを纏っていたのも大きな要因となっていたのではないだろうか。

ここで試しに自分の記憶に「からだ言葉」で検索をかけてみると、したのような慣用句や諺が出てきた。


「目で見て口で言え」

「目には目を、歯には歯を」

「目は口ほどに物を言う」

「今日は人の上 明日は我が身の上」

「相手は変われど主は変わらず」


決して私は記憶力が良いとは思わないがこれらが、

・長期記憶として残っていた

・割りかし素早く記憶から引き出せた

ことを考えると「身銭を切れ」同様に、「からだ言葉」の力を感じずにはいられない。


他にも思うところはある。

私は「身銭を切れ」のように単純明快で短いタイトル以外は、読んだ側から忘れてしまう。

ところが「自分を意識させるタイトル」は不思議となぜかよく覚えている。


たとえば、

社会派ブロガーちきりんさんの「自分の時間を取り戻そう」

スタジオジブリ石井朋彦さんの「自分を捨てる仕事術」

これらは「人が興味を持っていること=圧倒的に自分のこと」だからというのもあるとは思うが、「自分」という言葉にも「からだ言葉」のように身体から心にアプローチする性質がある、という見方もできる。

いずれにしても、自分の身体(あるいは自分)にアプローチし心を触発する言葉は、他の言葉に比べて記憶に定着しやすく、思い出しやすいと言えそうだ。


そして、この視点をもってしてみると、

・鼻セレブ(王子ネピア)

・手ピカジェル(健栄製薬)

・瞬足(アキレス)

このような商品が売れている理由は、決してコンセプトや機能性だけに限らず、「からだ言葉」を纏った「ネーミング」による部分もかなり大きいのでは?と思う人も増えるような気がしている。


最後に、「からだ言葉」を知りたい場合は、東郷吉男氏が編纂した「からだことば辞典」をオススメする。

頭のてっぺんから足の先まで、「からだ言葉」という新しい世界をきっとお楽しみいただけるだろう。


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