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【経営に活かす読書メモ】世界標準の経営理論 入山章栄

読書から得られる示唆を、サイバードのCOOとして事業を管掌する私が経営にどうやって活かすかという観点で読書メモとして綴る。
今回は早稲田大学大学院・ビジネススクール教授の入山章栄さんの「世界標準の経営理論」を対象にしている。

「世界標準の経営理論」の概要

本書は「フレームワーク」を紹介するものではなく、「思考の軸」を提供するものであると宣言している。このため、「ファイブ・フォース」「バリューチェーン」「SWOT分析」「BCGマトリクス」などの解説本ではない。
また、既存の経営学の教科書や経営書の課題を、現象ドリブン、すなわち、一つの事象を取り上げて「この事象はあの理論でも、この理論でも、あっちの理論でも、はたまたこんな理論でも説明できる」と書かれているとしている。そうではなく、理論ドリブン、理論によって様々な事象を切り取り、思考の軸となることを目指している。そして、覚えておくべき標準理論は30程度で事足りると書かれており、その標準理論を説明したものになっている。
本書の構成は、
・第1部:経済学ディシプリンの経営理論
・第2部:マクロ心理学ディシプリンの経営理論
・第3部:ミクロ心理学ディシプリンの経営理論
・第4部:社会学ディシプリンの経営理論
という形になっていて、それぞれの経営理論が解説されている。
(第5部:ビジネス現象と理論のマトリックス、第6部:経営理論の組み立て方・実証の仕方もあり)

経済学ディシプリンの経営理論からの示唆

戦略論にはいくつかの学派があり、どの学派がどんな考え方であるかは認識していた。ポーターはポジションをどう取るか、バーニーはリソースを整えることを重視する、ただ、不確実性が増す現代はこれらが適用しにくい状況になっている、くらいの理解だった。

得られた示唆は、競争の型によってフィットする経営理論は異なり、事業ごとに競争の型が変わるので、結果、フィットする経営理論は異なるということだ。

3つの競争の型とそれぞれにフィットする経営理論が挙げられている。
・産業組織論(industrial organization)型の競争
産業の参入障壁や企業グループ間の移動障壁が企業の収益性に影響する。企業にはこれらの障壁を高めて「ライバルとの直接競争を避ける」戦略が求められる。規模の経済による参入阻止戦略や、差別化戦略がその代表例である。
マイケル・ポーターのSCP 理論がフィット。SCP とは、structure-conduct-performance (構造-遂行-業績)の略称。
・チェンバレン型の競争
企業が差別化された製品・サービスを持って競争することは所与の条件であり、他方で産業の参入障壁は低い状態。企業は差別化しながらもライバルと厳しい競争を強いられる。その差別化の源泉となりうる経営資源が重要となる。
ジェイ・バーニーのRBV(resource based view)理論がフィット。
・シュンペーター型
経営環境の変化が激しく、将来が予見しにくい状態。したがって、安定時なら収益に貢献しうる産業構造・移動障壁・経営資源などについての不確実性が高く、SCPやRBVに基づく戦略が適用しにくい。
ダイナミック・ケイパビリティ、知の探索・知の進化等がフィット。

現代はどの競争の型が大枠で当てはまるかといえばシュンペーター型ではあると思うが、個別事業で見ればIO型、チェンバレン型のほうが当てはまる場合もある。このため、事業ごとにどの理論で考えるのがよいかを選択した上で戦略立案しなければならない。

マクロ心理学ディシプリンの経営理論からの示唆

知の探索・知の進化の理論は、現代経営学における「企業イノベーションの理論の革新」であると断言している。(あえて断言すれば、という言い回しだが)

人・組織が新しい知を生み出すために必要なことは、「自分の現在の認知の範囲外にある知を探索し、それをいま自分の持っている知と新しく組み合わせること」なのである。それが知の探索である。
一方で、知の探索だけではビジネスにならない。なぜなら新しい組み合わせを試みる中で生まれた知が、実際に「商売の種になるかもしれない」となれば、そこは徹底的に深堀りし、何度も活用して磨きこみ、収益化する必要があるからだ。これが知の深化である。

知の探索と知の深化、この両方を目指す両利きの経営の大切が強調されるが、この難しさをコンピテンシー・トラップという概念で説明している。

新規事業開発の部門は、「従来の事業と異なる、新しい分野を開拓する」といった謳い文句で立ち上げられる。まさに知の探索を目指して立ち上げられるのだ。
しかしこれまで述べた理由で、知の探索をする部門は、コストがかかる割に成果がなかなか出てこない。結果、最初の1~2年は十分な予算がついていても、3年もすると「成果が出ない」という理由で予算が回って来なくなる。毎年の予算目標を達成したい企業は、いま確実に儲かっている目の前の事業に予算を回しがち(=知の深化)だからだ。
これは短期的な収益性を高める上では有効なのだが、一方でここまで述べた理論で、長い目で見た企業の「知の探索」を損なわせ、結果として中長期的なイノベーションが枯渇していくのだ。まさに自己破壊である。この状況をコンピテンシー・トラップ(competency trap)と呼ぶ。

既存事業と新規事業の両立は頭ではわかっているが、それを実行することの難しさ、どうしても既存事業、知の深化のほうに偏ってしまうことが説明されている。
既存事業、知の深化に偏ることを自覚したうえで、新規事業、知の探索に覚悟を持つ、ということが必要である。

ミクロ心理学ディシプリンの経営理論からの示唆

第3部はリーダーシップ、モチベーション、認知バイアス、意思決定、感情、センスメイキングの理論について書かれていてどれも面白いが、特に意外な発見があったのが「感情の理論」だ。
ポジティブ感情、ネガティブ感情の二つがあれば、経営者としてはポジティブな感情を作らねばと思ってしまう。しかし、それぞれに効用があることを示唆する6つの法則が書かれている。

法則1:ポジティブ感情は、仕事への満足度を高めやすい
法則2:ポジティブ感情は、モチベーションを高めやすい
法則3:ポジティブ感情は、他者に協力的な態度をとることを促す
法則4:ネガティブ感情は、満足度を下げるのでサーチを促す
法則5:ポジティブ感情は知の探索を促す
法則6:ネガティブ感情は知の深化を促す

ポジティブ感情だけでいいかというと、満足して気が緩んでしまう状況をもたらすので、ネガティブ感情も必要で、知の深化を促すものであると言うのは示唆に富む。この点からも知の探索と知の深化の両立は難しい。
危機感を持ってサーチを促すことは必要だが、ネガティブ感情に寄りすぎると知の探索ではなく、知の深化の方向性になるので、現状に満足せずに知の探索をどうやって促すか。

さいごに

経営は、現在と将来、既存事業と新規事業、知の深化と知の探索、両立するのが難しいものを両立させなければならない。この両立を成立させるためにそれぞれに適切な経営理論が存在することは心強い。
しかし、組織運営をリアルに考えたときに、感情の理論にあるような、ポジティブ感情とネガティブ感情を共存させることの難しさを感じる。

分量も多く、簡単な内容ではないが、「思考の軸」を提供してくれる1冊である。

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